Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
最終章 世界を救う11の方法

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 アルフヘイム大使館にて大交易所の結界の維持を担当していた鬼人のランダ・ノディオは名前からお察しの通り、エルカイダのアクティとは姉弟だった。ふたりはどんなに離れていても意思疎通できる特技を持っていたが、それは時にランダの悩みのタネとなっていた。
「姉さん。仕事中だ。後にしてくれ」
「だって、だって。今ミシュガルド広場でお祭りなんだよ」
 アクティはランダに今起こっている禁断魔法テロを余すことなく伝えた。
 ランダはけして上司のミハイル4世を信頼してはいなかったが、仕事なので包み隠さずすべてを報告する。
「ダートのじじいが和平なぞするから、エルカイダを追い詰めてしまったんだ。ランダよ、今大交易所を包んで展開している防御結界を内向きに張り直すことは可能か?」
「それはできますが、なぜ?」
「禁断魔法の恐ろしさは私が一番身に染みている。この街の中だけに被害を留めるためだ。他の職員は住民を一時的に街の外に避難させる。無論エルフを一番先にな」
 ランダは意外そうな顔つきでミハイルを見る。
「ふん、今はじじいがいないからな。私が穏健派の役目もはたさねば。あとはニフィルにエルカイダにを止めるよう指示しろ」
 ランダは何も言わずてきぱきと雑務をこなし、結界魔法の詠唱に入った。
極大防御結界ナンカスゴイマホウジン


 メゼツは魔法監察庁に向かって走った。背の高い建物だから少し離れたここからでもよく見えるはずだ。目の見えないメゼツは魔法監察庁の形を詳細に思い描く。
 テレポートが使えなくなって、今初めてその必要性に気づく。テレポートならば一瞬で呼びいける。こんなときのためのテレポートのはずだ。メゼツは祈るようにテレポートのための集中力を高める。
 体がふわりと軽くなった。次の瞬間メゼツの体は10メートルほど前に吹き飛ばされ、地面に3メートル引きずられて止まった。
 たった10メートルだったがテレポートが発動した。
(もう一度だ。仮にテレポートできる距離がたいして変わらなかったとしても、少しでも進めば儲けもんだ)
 メゼツは懲りずに何度も試した。最初は20メートルしか進まなかったが、30メートル、50メートルとウンチダスの体は少しずつテレポートの能力を取り戻しつつある。
 魔法監察庁にたどり着いたときにはウンチダスの体は擦り傷だらけで流木のようにささくれていた。赤い髪のエンジェルエルフが非常の事態であることを察して、メゼツが事情を話すのを聞きながら回復魔法をかけてくれている。
 長髪のエンジェルエルフはメゼツの話で悲観的な情勢を知っても常に微笑みを絶やさない。落ち着いた雰囲気から数百年の年輪を刻み実力を備えた余裕が垣間見られる。
「あんたがの魔封の賢者、クローブ・プリムラだったのか」
「フフッ、そんな大それた者ではないよ。ただの流人さ」
 クローブはメゼツと軽く言葉を交わすと、ゼロマナダーツというクローブが発明した魔素マナを無効化する魔道具が入ったポーチをメゼツに渡した。
「あんたは来てくれないのか?」
「すまないが、かつての長い配流生活で私の体はボロボロなんだ。私の足では間に合わないよ」
「二人連れは初めてだし、おまけに着地するときに引きずられて擦り傷だらけになるが……一瞬でテレポートできるといったら、あんた来るか?」
「行こう」


 ルビートは4本の腕を自在に動かしてふたりを相手取っていた。巨大なカブトムシの角のような右手のサスマタでスズカの首を抑え、巨大なクワガタの大アゴのようなハサミでサンリの胴を締め上げる。ふたりが攻めあぐねている間にもデモンズコアは魔素を吸い大きく育っていく。
 ルビートは甲皇国への恨みをさんざんに吐きながら、スズカとサンリの首に残りの腕で大剣の刃をあてがった。
「……俺は皇国が憎い。それ以外はもう何もない」
 大剣を動かす前に灼熱の精霊魔法がルビートを焼く。ルビートは消えぬ炎の中にかつての恋人の姿を見た。
「……ようやく君のもとに逝ける……。……そうか、俺にもこんな希望が残っていたのか……」
 生焼けで残った腕をこじ開けて、スズカとサンリは魔法を放った者の顔を見た。
「腐森の巫女!」
「さすがに強い!」
「相性の問題です」
 テロを察知して駆け付けざまに一瞬でルビートを倒したニフィルは、何の感情も持たないようにただ分析する。が、目には強い意志が宿っていた。
 ニフィルにはデモンズコアを自分の落ち度で盗まれてしまった負い目がある。今度こそ失敗したくない。禁断魔法を撃つためではなく、禁断魔法から守るために自分の力を使えるならば、もう何も躊躇はいらない。
 右手でササミ、左手でコツボの魔素マナを相殺し弾き飛ばす。アクティが自分自身に攻撃補助魔法をかけてニフィルを襲うも、逆に解除呪文ディスペルで上方修正分がマイナスになるほど引き下げる。ニフィルの杖によってしたたかに逆撃をこうむり、アクティは古傷のある腹を抑えてうずくまった。
「腐森の巫女よ。ウッドピクス族の巫女、このワトソニアが相手になりましょう」
 ワトソニアの岩肌のような体から数千の緑色のクリスタルがニフィル向けて射出される。ニフィルは一瞬にして二重の結界を張ったが、すべてのクリスタルを防ぎきることはできず、割れた結界からクリスタルが飛び込みニフィルの左のこめかみに当たった。突き刺さったクリスタルの先端から緑化魔法が発動し、発芽した木の根が頭蓋に食い込む。
「あなたがアルフヘイムの森を禁断魔法で枯らしたことを悔いているのなら、せめてあなた自身が森になるといい」
 ニフィルは左こめかみから角のように伸びた枝をつかむと、脳に達する前に手のひらに魔法の火を灯し焼いている。やはり威力を低く抑えることは苦手で、顔の左半分を火傷してしまった。それでもニフィルは顔色ひとつ変えず、すでに結界魔法の詠唱を始めている。
 ワトソニアは焦ってもう一度クリスタルを射出した。
「ワトソニア、ダメ。それはトラップよ!」
 詠唱に聞き覚えがあったアクティが止めたが、すでにクリスタルは射出されニフィルは術式を発動していた。
「魔導の八十『架神の城壁』」
 ニフィルの唱えた魔法は結界にぶつかるとそのエネルギーを魔弾に変換し打ち返す魔法だった。数千のクリスタルに反応し、カウンター攻撃が発動する。
 生き残っていたエルカイダのメンバーを一掃する機銃掃射のような魔弾によって、黒騎士を守る者はもういないかに見えた。
「なぜそこまでして黒騎士を守るのです」
 目の前に立ちはだかるソフィアにニフィルの声はうわずる。
「あなたは亜人といっしょに戦うことを嫌っていたはずです」
「亜人ならいまでも嫌いよ! でもね、この黒騎士は私を認めてくれたのよ。あなたたちが認めようとしなかった私の力を!!」
「あなたとは戦えない」
「まだ、そんなことを言っているの!! ここでどちらが最強の魔法使いか決めるのよ!!!」
「できない。私の大きすぎる魔素マナはきっとあなたを殺してしまう」
 ソフィアは火焔魔法を両手で作り上げニフィルに叩きつけた。ニフィルはこれを氷結魔法で相殺するも、反撃はせず、黒騎士のデモンズコアを破壊しようと迫る。
「いつもそうやって馬鹿にして。死ぬのはあなたのほうよ!!」
 ソフィアの小さな羽は大きな翼となって羽ばたき、目をつむり魔素マナを練る。
「禁忌よ、花開け。四情分身」
 ソフィアのカチューシャの花かざりから3枚の花びらが散り、それが3体の分身となる。
 分身たちがたたんだ日傘を剣のように構え、一斉にニフィルを貫いた。
 薄ら笑いを浮かべたソフィアが傘でえぐる。
「キャハハハハッ!!亜骨大聖戦の英雄がざまぁないわね!!」
「私は英雄ではありません。自国を腐らせた悪魔です」
 目を血走らせたソフィアはニフィルの言葉にさらに怒りをつのらせめった刺しにする。
「だったらなぜあなたが選ばれたのよ!!!どうして私じゃないのよ!!!」
「なんで反撃しないのよ、このままじゃホントに……」
 そう言い残すと鼻をすすっていたソフィアの分身は消えてしまった。
「ソフィーは友達だから、殺したくない」
 ニフィルの言葉でまたひとつ分身が消える。
「私が友達? 私が死ぬ? ありえない!!!」
「私はずっと友達だと思っていましたよ、ソフィー。いっしょに魔法学園に通っていたあのころから。私の魔素マナの量は当時から飛びぬけていて、クラスメイトが気味悪がっていることには薄々気づいていました。表面上は皆普通に接してくれましたが、影では魔法の化け物と呼ばれていたようです。私はなるべく平静を装い、感情を殺しました。私の挙動ひとつで皆を怖がらせたくなかったから。でもね、あなただけは違った。あなたは敵いもしないのにいつも勝負を仕掛けてきた。嬉しかった。初めて対等な友達ができたと思った。私と何度も勝負するうちにあなたは私の魔素を制御できるようになっていった私よりも上手に……」
 最後まで無抵抗のままニフィルの声は途絶えた。
「ニフィー!」
 ソフィアの最後の分身も消えた。
「まったく、あなたって人は」
 ソフィアの回復魔法の光がニフィルを包んだ。
 黒騎士が割って入り水を差す。
「何をやっているソフィア、殺せ」
「私、やっぱり亜人とエルフと人間が仲良くしている組織になんか協力できませんわ」
「いまさら何を言っている! これだからエンジェルエルフは信用できないんだ!! まだチャージは70%しか済んでいないというのに。こうなればデモンズコアに蓄えた分だけでやるしかない」
 黒騎士はデモンズコアを解放した。禁断魔法に十分な魔素が放出されていく。
 ニフィルは十分回復しきらないまま黒騎士の鎧に両手を突き入れると、デモンズコアをわしづかみにした。
「私のすべての魔素マナで相殺する!」
「相殺などできるものか。少しでもパワーバランスが崩れれば、結局禁断魔法は発動する」
「確かにニフィーには無理ね……でもふたりならば。魔法最強のふたりが組めば禁断魔法のひとつやふたつ……」
 ソフィアも黒騎士の鎧に手を突っ込んでデモンズコアに手を添える。
「押し返してやる!!!」
 ふたりの手が重なり、デモンズコアから放出される魔素マナを押し戻す。行き場を失った高濃度の魔素マナは上空へ向かって突き上げ、光の柱となる。
「フフフフフ、ハハハハハ。一時しのぎにすぎぬ。貴様らはいつか疲弊するが、デモンズコアは動き続ける。貴様らの負けだ」
 ニフィルの体がふわりと軽くなった。体に逆流する魔素マナによるダメージが消えていく。
 デモンズコアを囲むように黒騎士の右肩、左脇腹、右腿に突き刺さったゼロマナダーツが六芒星の魔法陣を展開しデモンズコアから流出する魔素を完全に遮断していた。
「どうやら、間に合ったようですね」
 ダーツを放った長髪のエンジェルエルフがソフィアににこりと微笑みかけた。そっぽを向いたソフィアがバツの悪い様子でつぶやく。
「クローブ・プリムラ。なぜここに?」
「彼が呼んでくれたんだ」
 ソフィアはクローブの視線の先を見た。ひとりだけ着地を失敗したメゼツが地面に倒れている。
 クローブは指の間にゼロマナダーツを挟み込み次々と黒騎士に投げつけていく。
 黒騎士が引き抜こうとしてもダーツは肉に食い込んだままはずれない。
「貴様の魔素マナは私が全て封じた。どう足掻こうと無駄だ」
 黒騎士はなすすべなくあたりを見回すと、倒れ伏す仲間たちの中に一人だけ無傷な者がいることに気がついた。スアロキンはニフィルのカウンター攻撃を消滅魔法で防いでいたようだ。
「スアロ! 私を助けろ!!」
「このダーツを消せばいいんですか」
 スアロキンが手をかざすとダーツは消滅し六芒星の魔法陣も消失する。
 黒騎士の体に埋め込まれたデモンズコアの脈打つ速度が激しくなり、禁断魔法発動の限界に達しようとしていた。
「ニフィー、私が補助する。思い切りやんなさい」
 ニフィルとソフィアはふたりがかりでデモンズコアを抑え込むが、黒騎士の言うようにふたりは疲弊し、発動は時間の問題だった。
クローブもありったけのダーツを投げるがスアロキンにすべて消されてしまった。
 メゼツはその間テレポート先を思い描き意識を集中させていた。
「ようやく禁断魔法を撃っても大丈夫そうな場所をひらめいたぜ」
 それが皆が聞いたメゼツの最後の言葉になる。
 メゼツは黒騎士にしがみつき、ともにいずこかへとテレポートした。


「どこだ、ここは」
 黒騎士は誰に言うでもなくひとりごちた。
 気味悪く赤く朽ちた木々、灰とススに覆われたモノクロの空。うずたかく積まれた死体の山。
 見たこともないようで、いつか見たような地獄。
「終わりの場所さ」
 誰もいないと思っていたが、答えが帰って来た。黒騎士とともにテレポートしてきたメゼツだ。
「大戦末期に禁断魔法が発動した場所か。考えたな。確かに今でも腐れたこの地に住むものはいない。禁断魔法が発動しても死ぬのは私だけというわけだな。だが、腑に落ちん。すぐに禁断魔法は発動するぞ。なぜテレポートで逃げない?」
「見届ける」
「貴様が命をかけて守る価値があるのか、今の世界に。禁断魔法が発動していれば、この世界は変わっていた。腐り切った世界を一度破壊し、差別の存在しない新しい秩序を構築する。それが世直しの一番の早道であるのに、なぜ邪魔をする」
「なんか、ムカついたから」
「貴様の個人的な感情で世界を救ったというのか」
「お前だって個人的な感情で世界を滅ぼそうとしたろ。おんなじだ」
「私は違う。今もこの地に漂う死者の魂が私を突き動かしたのだ」
「死人じゃねえ、この世界は生きてる奴らのもんだ。今の世界のことは生きてる奴らに任せてやれよ」
「そうだな。我々は死体に戻り、世界のことは生者に委ねよう」
 そのとき禁断魔法は発動した。


 黒騎士とメゼツは完全に消滅した。この世界からは。

(終局)

       

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Neetsha