Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
3章 僭称の女帝

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 ルーラ・ルイーズは運送屋である。飛竜の背にまたがり郵便物の入った袋を持っている。近場から順に配り終わり、袋の中身はあとひとつとなっていた。
「よっしゃ、これでラスト」
 地上に降りて袋から小包を取り出すと、宛先は甲皇国駐屯所総司令部となっていた。
「うぇ、甲皇国かいな。気が重いわ。でも、お仕事やし、頑張ろうな、クスちゃん」
 相棒の飛竜に声をかける。
「まったく、馬鹿な部下を持つと苦労しますね。この獣神帝ニコラウス直々に不始末の尻拭いとは」
 飛竜がしゃべり始めたわけではない。忽然と現れた白と黒の髪の犬耳の男がいまいましげにつぶやいている。黒髪で隠れてよく見えないが、右目の上にもう一つの目のような傷。ルーラは全身が粟立ち、直感的にヤバい奴だと感じた。
「全速力で逃げるでクスちゃん」
 くるりと旋回し、飛竜は天に突き刺さる勢いで離陸した。ニコラウスは飛竜の目をじっと睨み、第3の目を見開く。飛竜の目はぐるぐると回り、興奮した犬のように口からだらりと舌が垂れ下がった。飛竜は長年付き従う愛馬のように、おとなしくなりニコラウスの目の前で止まる。急停止した飛竜からルーラは振り落とされた。ニコラウスは飛竜の頭をなでながら、奪い取った小包を開封する。中から緑色の宝玉を取り出し、残りを捨てた。ニコラウスはその宝玉を天にかざし、叫んだ。
「エレクトルの宝玉よ、アルドバラン城へと誘え」
 すると緑色の光が体を包み、ニコラウスは天に昇っていった。ルーラはしばらくの間呆然としていたが、心配した飛竜に顔を舐められると我に返った。
「なんやったんや、アレ。まあ甲皇国の荷物やし、半分だけ届ければえーか」
 ルーラは小包を拾い上げ、再び飛竜の背にまたがった。

     

 アルフヘイムのアーミーキャンプはシンボリックな精霊樹の周りを固めるように造られている。そのさらに外周を開拓者たちの町が取り囲こむ。精霊樹の周囲を堀が流れ、外とを跳ね橋一本で繋ぐ。精霊樹は防御魔法によって要塞化され跳ね橋を渡ると、大きく開いたうろには門がはめ込まれている。アルフヘイム本土の大都市、セントヴェリアを一回り小さくしたような造りだ。木を城に改造するのは、エルフが古代、樹上で暮らしていたころの名残りなのかもしれない。
 メゼツの送った小包はアーミーキャンプ見取り図のみホロヴィズに届いた。そのため獣神帝の勢力については棚上げされ、先にアーミーキャンプ攻略が行われることになる。軍縮条約が有効な間に奇襲攻撃をかけ、電撃的にアルフヘイムの牙城を抜き、ミシュガルドの支配を確立。これがホロヴィズの青写真だった。
 ホロヴィズは総司令部司令室で意気揚々と作戦計画を練る。
「歩兵が樹海を通り接近し、密かに荷揚げした攻城砲をアーミーキャンプ近辺の森に伏せておく。森がいつでもエルフだけに味方するわけでないと思い知らせるのだ」
 秘書シュエンはすぐさま仕事にとりかかった。
「素晴らしい。早速計画書に起こしましょう。機密が露呈しないよう、かん口令も敷きます。作戦名はいかがいたしましょう」

「作戦名はエンプレス。作戦開始は2300。突撃開始時刻、翌0400」
 ホロヴィズは息子メゼツに大役を用意した。テレポートで隠密に侵入し、跳ね橋を降ろす役目である。跳ね橋が降りたのを確認したのち、砲兵大隊長アレッポが突撃準備射撃を指揮し、歩兵が跳ね橋から突入する。
 メゼツは仲間たちに打ち明けられず、パーティーを解散するしかなかった。同じ甲皇国人であるアルペジオはホロヴィズの護衛に付くことが正式に決定し、エンプレス作戦には参加しない。昨日の友は今日の敵。共同戦線で獣神帝の勢力と戦う予定だったクルトガたちペンシルズとは敵対することになった。

     

 アルフヘイム側が甲皇国の動きをつかめずにいたのは、アーミーキャンプ内での権力闘争に明け暮れていたからだった。
 幼い容貌にアンバランスな白髪頭のエルフが玉座にだらしなく座っている。
「クラウスに部族会議の議席を与えよと推薦したとき、お主は何と言った。クラウス・サンティは皇帝になろうとしているのではないか。アルフヘイムに皇帝はいらない、そう言ったお主が女帝を名乗るとは何事か」
 目の上のたんこぶのダート・スタンの追及に、玉座に座るミハイル4世はいまいましげに答えた。
「初代皇帝でなくちゃ意味がない。おさがりの皇帝に価値があるか」
「なんと。そんな理由か」
「食えないジジイだ。あんたに荒廃したアルフヘイム本国を押し付けるつもりが、議長を辞職して私を追ってくるとはね。これじゃあ、何のためにラギルー一族を始末したのかわかりゃしない。政敵のために骨を折ったようなもんだ」
 ダート・スタンは年甲斐もなくつかみかかった。しかし、その手はミハイル4世に届かない。全身を黒い鎧で包み隠し、右手に大楯、大剣を片手で軽々と持つ重武装の騎士が音もなく近づきダート・スタンの首筋に剣を当てている。
「こやつ、過激派組織エルカイダの黒騎士。ババア、まさか貴様」
「余の真意に気づいたか。だが少し遅かったようだな。ミシュガルドに駐留するアルフヘイム軍はすでに押さえている」
 黒騎士はダート・スタンを拘束し、片ひざを折って拝礼した。
「神の千年樹帝国の扉があなたの前に開かれていますように」

 

     

 エルフや亜人はそこまで悪人とは思えない。しかしこれは命令だ。軍人は命令に従わなくてはならない。メゼツはアーミーキャンプの堀の内側、精霊樹の門の前にテレポートした。跳ね橋は上がっている。橋を吊る2本の鎖の、片方の滑車を回し1本の鎖を緩ませる。もう一方の滑車を回せば橋が降りるはずだ。
「そこで、何をしている」
 今、一番会いたくない相手だった。
「あんたこそ何してんだクルトガさんよ~」
「エルフが精霊樹にいておかしいか? 門番だよ。君は何をしに戻ってきたんだ」
「忘れ物をした、なんて言い訳はど~だい」
 クルトガはもう剣を抜いている。居合の一撃を、ショートテレポートでかわす。しかしクルトガはメゼツがテレポートを使うことを知っている。メゼツの視線を読み、テレポート先に合わせて、すでに剣先を向けている。これはかわしきれずメゼツは胴に受け、滑車の前まで跳ね飛ばされた。相手の得物が軽い片手剣でなければ、鎧を着ていなければやられていただろう。
 クルトガは魔法兵を呼び集め、自分の剣に武器強化の魔法をかけさせた。すでにかなりのアルフヘイム兵が起き始めている。このままでは奇襲は失敗しかねない。
 クルトガの斬撃が迫る。鉄をも絶つほどに強化された刃が。


 眼鏡に口ひげの砲兵隊長、アレッポは双眼鏡をのぞきながらじれていた。
「くそ、もう4時半を過ぎたぞ。メゼツは何をしている」
 双眼鏡の先に動きがあった。メゼツがランダムテレポートでかわし、クルトガの斬撃は空振りして、後ろにあった跳ね橋の鎖を切り裂いたのだ。支えを失った橋が落ち、堀に橋が架かる。
「架橋された。突撃準備射撃開始!! 使い道のなかった鹵獲品も使うぞ」
 森に伏せていた攻城砲が一斉に火を噴く。精霊樹の門と橋の延長線上に配置されていた魔導砲が、亜人の捕虜の魔力を吸い取って起動する。
「弾道が直線的すぎる魔導砲はこんなことにしか使えんからな。仰角をうんと下げて、水平撃ち、撃てーーー!!! 」
 橋に殺到するアルフヘイム兵を魔法の光が薙ぎ払い、精霊樹の門を突き破る。


 メゼツは作戦計画書を読んで知っていたため、クルトガを押し倒して魔導砲の光から逃れた。
「なぜ、助ける」
「俺が聞きて~よ。バッキャロ~」


「連隊、突撃準備位置へ。付け剣! 突撃用意!! 」
 傷のある右目を髑髏の面で隠し、義手の右手の調子を確かめながら、軍幹部の制服の男が叫ぶ。歩兵連隊長ゲル・グリップ大佐が先頭に立ち、兵士たちの士気は最高潮に達していた。
「突撃ーーー!!! 」
 喚声を上げながら機甲兵たちは上半身のないエルフ兵の死体を踏み越えていく。


 町に砲弾の雨が降り注ぎ、大地を耕していく。アレッポはこん棒を振りながら砲兵陣地を精力的に督戦していた。山積みされた砲弾を見つけて、眉間から左頬にかけて古傷のある若い砲術士官を怒鳴りつける。
「ミスター・レッテルン、あれほど砲弾を一ヶ所に集めるなと言っただろう。引火したらどうする」
「エルフ共を虐殺するのにこのほうが効率がいいんですよ」
「しかも、これブドウ弾じゃないか」
 ブドウ弾はその名と形状が示す通り、打ち出すと空中で子弾が飛散し、広範囲にばらまかれる散弾の一種である。クラスター爆弾の砲弾バージョンと言ったほうが理解できる人もいるかもしれない。
 ニーテリア世界の牽引砲も銃火器も、まだ腔線ライフリングと駐退機が発明されておらず命中精度が著しく低い。その結果、甲皇国は砲弾のほうを工夫した。現地改造した丙武元大佐の散弾ショットシェルの撃てる拳銃”マッシャー”やブドウ弾がそれである。命中の低さをカバーするため、より広範囲に飛ぶように進化したMAP兵器だ。当然のことながら大量破壊兵器として、軍縮条約で使用禁止となっている。
「まさか条約違反だなんて言わないですよね」
「そうじゃない。動かない建造物を狙うのだから貫通弾で十分だと言っているんだ」
「えー、こっちのほうがエルフ虐殺できるのに」
 サンリ・レッテルンは甘いマスクをゆがめる。
「君は砲手よりも歩兵突撃が向いているようだ。許可するから行ってきなさい」
 持て余したアレッポはサンリを歩兵連隊に厄介払いすることにした。

     

 若手将校の女性が沢の流れる丘陵を歩いている。甲皇国軍人であることを示す黒い軍服、可憐な顔に似つかわしくない左目のやけど傷。軍人の家系に生まれたスズカバーン・ブリッツは軍隊以外のことに疎い。忙しすぎるのも困りものだが、いざ暇を出されてもすることがないのだ。
(ここは見晴らしがいいから着弾の観測所を置けばいいのに。アレッポは何やってんのよ。位置的にも敵の補給路を絶てるし……あー、やだやだ)
 散歩のつもりが、フィールドワークになってしまう。これも職業病と言うのだろうか。スズカは自問自答していた。
(私ははずされた。いや、私は作戦立てるのが仕事だから。でも私は作戦計画にもほぼ参加させてもらえなかった。しかたないわよ、カデンツァ殿下のクーデター未遂事件に連座してしまったのだから) 
 砲撃音に驚いて、鳥たちが西に飛び立つ。
(始まった。音が近い。知らず知らず、作戦区域に入っていたんだわ。未練ね)
 スズカは井戸側に腰掛ける。
(枯れ井戸?! そもそも近くに沢があるのに井戸は不自然。まさか……)
 釣瓶を外し、横木から垂れる縄をカラビナの代わりにベルトのバックルに通す。縄を伝い、ぴょんぴょんと井戸の内壁を蹴りながら降りていくと、急に足場がなくなり、スズカはしりもちをついた。
「きゃっ! 」
(横穴?! 方角はアーミーキャンプに続いている)
 早朝の冷たい風がスズカの髪を揺らす。横穴は外に抜けているのかもしれない。スズカは背嚢はいのうから電子妖精ピクシーを取り出し起動させた。
「こちらバーンブリッツ。アーミーキャンプの脱出経路らしき枯れ井戸を我発見せり。調査を続行する。増援送れ」
 メッセージを暗号化し、スズカは電子妖精ピクシーを放った。

     

 機甲兵たちが精霊樹の城を蹂躙し、エルフ兵たちは玉座の間まで押し込まれる形となった。兵たちの動揺にも、ミハイル4世は動じず、余裕の笑みを浮かべてすらいる。
「ここは精霊樹の中心ぞ。魔力は極限まで高められる。フロスト、魔法だ」
「強力な魔法は軍縮条約違反です」
 法を遵守したかった。とはいえ、女帝として君臨したミハイル4世の命令は絶対だ。
「あの砲火をみただろ。先に破ったのはあやつらだ。構うことはない」
 フロストは呪文を詠唱し、氷の精霊の力を手のひらに集め放った。
「フリーズ!! 」
 足が凍り付き床とくっつき、機甲兵たちの進軍が止まった。ラビットたちペンシルズの傭兵たちが動けない機甲兵に襲い掛かる。指揮していたゲル大佐は足が張り付いたまま、軍刀を抜き勇戦した。
「どいてろ、小娘。それは私の獲物だ」
「あなたは黒騎士」
 黒騎士はラビットを押しのけ、ゲルの前に立つ。
「動けない相手をボコるとか。ちょっとセコいんじゃね~の」
 二人の間に白くて丸い生物が割って入った。メゼツは黒騎士のうわさを知っていた。家伝の鎧の性能が優れているだけで、中身はたいしたことがないことを。鎧が本体とかダークピカチューとか陰口叩かれていることを。
 こいつになら勝てそうだと、メゼツはショートテレポートで黒騎士の頭に頭突きをお見舞いする。黒騎士の兜が吹き飛ばされた。
「え? 鎧が本体ってそういうことなの? 」
 黒騎士のあるべきところに首がなく、鎧の中は空っぽだった。
「見たな。楽に死ねると思うなよ」
 黒騎士は剣を抜くとお返しにメゼツの兜を飛ばし、あえて致命傷にならないようにいたぶり始めた。
「くそっ、ホントは強いなんてインチキだ」
 黒騎士が舐めプレイしている間に、どうにかしてテレポートで戦線離脱しようとメゼツは思った。しかし余りに実力差がありすぎて、そのスキは見つけられない。
 現在の拮抗した状況を打破すべく、エルフには珍しい赤い髪をなびかせた機械仕掛けの悪魔が投入された。
「お前は、俺が生け捕りにしたエルフ。久しぶりだな」
 メゼツのあいさつを無視し、赤髪のエルフは黒騎士に突進する。鉄の爪を剣に打ち合うが、人間離れした手数の多さで黒騎士を圧倒。たまらず黒騎士は腕力で押し切ろうとするが、これも通らず逆に壁際まで追い詰められた。鎧をも突き通す一撃で、糸の切れたマリオネットのように黒騎士は崩れ落ちる。
「間に合ったか。丙式乙女伊一〇七型華焔」
 ゲルの言葉を聞いて、ミハイル4世の顔が凍り付いた。
「敵の新兵器は完成していたのか」
 華焔は次のターゲットを求め、ミハイル4世の護衛のエルフ兵たちを一撃のもとに切り伏せていく。ラビットの前に華焔が近づく。
「お前、おかしいだろ。エルフが人間憎むのも、人間がエルフ憎むのもいいけどよ。エルフが同じエルフを殺すのか。おかしいだろ」
 ラビットをかばうように立つメゼツの言葉に華焔が混乱する。
「私は丙式乙女伊一〇七型華焔。断じてエルフなどではありません」
 ゲルが冷たく言う。
「余計な事を吹き込むなメゼツ、機械に心は必要ない」
 ミハイル4世は傍らの緑衣の巫女に命令した。
「敵が仲間割れしているうちに、禁断魔法の詠唱をするんだ。」
 強すぎる魔力を制御するため目を褐色の布で覆っているニフィル・ルル・ニフィーは、禁断魔法を使うことをためらっていた。
「禁断魔法は甲皇国兵を消し去ることができますが、引き換えにミシュガルド一帯の精霊樹は死滅するのです」
「甲皇国に奪われるくらいなら、精霊樹などいらぬ」
「しかし、禁断魔法は条約違反です」
 フロストはなおも法を守ろうとする。
「法など権力者の都合でどうとでもなる」
 ミハイル4世はフロストの今までの仕事を全否定した。フロストにとってとても受け入れられるものではない。
「そんな」
 フロストと同じく渋っているニフィルにミハイル4世は決断を迫る。
「何を迷うことがある。今やらねば、エルフは皆殺しにされるぞ。お前の肉親のように」
「よせ、ニフィル。知ってるか、今も爆心地の上空には犠牲者の魂が漂っているんだぜ。歩いたり、話したり、泣いたりしている。あんまり一瞬で蒸発したから、自分が死んでいることに気づいてないんだ」
「あのガキを黙らせろ! 」
 ミハイル4世の命令で、エルフ兵たちがメゼツに斬りかかる。ウンチダスの体では一般兵の一撃ですら脅威だ。しかしエルフ兵たちは血煙をまき散らして倒れた。
「サンリ君参上! エルフは虐殺だー!! 」
 サンリが来援し、乱戦はさらに収拾がつかなくなる。
「サンリ、ミハイル4世を殺せ。禁断魔法を使われる前に」
 ゲルの一言にサンリは狂喜して、突撃した。
「甲皇国万歳! 」
 すでに華焔によって護衛は逃げ散っている。ミハイル4世は泣き叫び助命を乞う。サンリは別に許す気は毛頭なかったが、悪い病気が出てしまった。彼は極度のロリコンだったのだ。ミハイル4世は実年齢とかけ離れた幼い容姿である。今サンリはロリババアはアリかナシかで悩んでいた。
「幼女はかわいい、かわいいは幼女、幼女はエルフ、エルフは憎い。畜生なんでエルフなんだよ。エルフだと……幼女だから許す! 」
「あいつはもうダメだ。メゼツ、ミハイル4世を殺せ。禁断魔法を止めろ!! 」
 ミハイル4世は高齢だ。今のメゼツでも蹴り殺すことは可能だろう。

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┃            ┃
┃>ミハイル4世を殺す  ┃→最終章 世界を救う1つめの方法 へすすめ
┃            ┃
┃ ミハイル4世を殺さない┃→7章へすすめ
┃            ┃
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Neetsha