Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
5章 獣神帝暗殺

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 エピスモーはハーピーである。ハーピーの中でもとりわけ大きいロック鳥種だが、まだ幼鳥なので子供ほどの背丈しかない。
 尾羽ふりふり森を歩いている。飛んだほうが速いが、飛ぶとお腹が減ってしまう。この前も荷物の中身をつまみ食いして、ちづるに怒られたばかりだった。首からつりさげた皇国駐屯所司令部宛の小包にぼたぼたとよだれが落ちる。
「まったく、馬鹿な部下を持つと苦労しますね。この獣神帝ニコラウス直々に不始末の尻拭いとは」
 忽然と現れた白と黒の髪の犬耳の男がいまいましげにつぶやいている。黒髪で隠れてよく見えないが、右目の上にもう一つの目のような傷。南国の極楽鳥を思わせるカラフルな羽を広げて、エピスモーは元気にあいさつする。
「こんちわ~」
 ニコラウスはエピスモーの目をじっと睨み、第3の目を見開く。エピスモーの目はぐるぐると回り、口からだらだらとよだれを垂れた。
「さあ、その荷物をこちらに渡しなさい」
 頭はクラクラ、エピスモーの足が勝手にニコラウスに近づいていく。
「だめだもん。こづつみはおきゃくさんにわたさないと、ちづるちゃんかなしむもん」
 エピスモーは自由が利かない翼を必死でばたつかせ、飛ぼうと試みる。
「おかしいですね。下等な生物ほど、この催眠術にかかるはずですが」
「えぴ、がんばるもん。そしたら、みんながほめてくれるもん。ぜったいこづつみおとどけするんだ」
 エピスモーの体が腰丈ほど浮き上がり、低空飛行で飛び立った。
「逃しませんよ」
 ニコラウスは面倒になって、エピスモーに拳を振り上げる。かばうように巨大な影が空から舞い降りた。エピスモーは振り返らず、東を指して羽ばたく。後ろからロック鳥の鳴き声がする。エピスモーはやさしい母親の声を聴いた気がした。

     

 ニコラウスはエピスモーを見失い、宝玉を取り戻すことを諦めた。宝玉は無事にホロヴィズのもとに届き、獣神帝を攻略する手立てが練られている。
 宝玉でニコラウスの空飛ぶ居城、アルドバラン城への侵入は可能になった。しかし大量の兵隊を一度に運ぶことはできない。かといって宝玉を使いピストン輸送すれば各個撃破されるだけだろう。
 そこでホロヴィズは獣神帝の勢力と同盟を結ぶふりをして油断させ、式典会場での少数精鋭による暗殺を考えた。
「シュエンよ。先方の返答はどうだった」
「同盟には理解を示しましたが、かなりきびしい条件を突き付けてきました。ホロヴィズ将軍の調印式参加。式典はアルドバラン城でしか行わない。会場へは一切の武器の持ち込み不可。しかもこちら側のみ」
「ふん、臆病者め」
「これでは暗殺は不可能ですね」
「いや、可能だ。式典会場に刃物を持ち込めるものがいる。それは会食を饗応する料理人だ」
「なるほど。では、さっそく情報将校でもあるカールに選定をお願いしましょう」
 ホロヴィズは息子メゼツに大役を用意した。テレポートでいつでも脱出できるため、刺客の料理人を手助けする役目だ。メゼツはパーティーの仲間やペンシルズと協力することと引き換えに役目を引き受けた。同じ甲皇国人であるアルペジオはホロヴィズの護衛に付くことが正式に決定。昨日の敵は今日の友。人類共通の敵である獣神帝の勢力と戦うため、甲皇国とアルフヘイムによる初の共同戦線が張られた。

     

 黒い手製のマントの少年が迷子の少年に手を差し伸べている。兎面の亜人が全身にゴムをまとった男となにやら話し込んでいる。あいかわらず大交易所は国際色豊かで、メゼツは面食らう。
 自分とコンビを組む刺客と顔合わせをするため、待ち合わせ場所であるコックスズキの店の前に来ていた。待ち時間に情報収集も欠かさない。話し込んでいる亜人たちの会話に聞き耳をたてる。
「ゴム人さん、この前依頼した極薄コンドームは完成しましたか」
 ゴム人とはミシュガルドの先住民である職人人の一人である。職人人は一人一種の民族で、それぞれが一つの物に偏執的に執着する特性を持っている。兎面の亜人は近くに少年がいるのもはばからず、ゴム人からコンドームを受け取っていた。
「セキーネ王子。アナタノ提供シテクレタ、エロマンガ産ゴム。最高水準ノ材料カラ、完全避妊ノ全身コンドーム、デキタ。コレ、ノビルスーツ、コンドム。」
 誇らしげなゴム人をよそに、兎の渋い顔がノビルスーツの厚さを確かめている。コンドームというよりも全身タイツに近いそれは股間の部分がでっぱり、かろうじてコンドームの面影を残していた。セキーネ王子は自分の股間とノビルスーツのでっぱり部分を見比べてため息をつく。
「こういうのじゃないんですよね。私は別にラバーフェチというわけじゃないし。そもそもこのでっぱりじゃ小さすぎて、私の白い悪魔は収まりきれませんよ」
 兎人族のセキーネ王子は好色で有名であるが、まさか本物ではないだろう。身分の高い人間には影武者が何人もいるものだ。食い入るように見ていたのがバレたのか、それとも彼こそが待ち合わせの刺客なのか、セキーネ王子がこちらに近づいてきた。
「もったいないからノビルスーツはそこの3倍早そうな赤い彗星チェリーボーイにあげよう」
「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ。俺だってこんなもん使わん」
 セキーネ王子は優しい顔でポンポンと尻を叩き、ノビルスーツをメゼツに羽織らせた。
「モテないからって、悲観してはいけませんよ。君にもきっと使う時がくるさ」
「そういう意味じゃね~」
 メゼツにノビルスーツを押し付け、セキーネ王子は満足して去っていった。セキーネ王子と入れ替わりに、本来の待ち合わせ相手がようやく現れる。
 右目の周りの目立つメイクのわりに、今日は野暮ったい冒険者のような格好をしている。知らぬものから見ればシーフのように見えるこの男を、甲家王室の末席に列するとメゼツは知っている。
「まさか刺客って、あんたか。カールさんよ~」
「俺は立会人だよ。紹介しよう、ジョニー」
 いかつい髑髏のヘルメットで顔を隠す、貧しい身なりの男をカールは引き合わせた。それなりに筋肉質だがあばらが浮き出ている。ひきしまってた体というよりは、生活苦で痩せこけているといったほうが良い。平民の出なのだろう。
「ひぃゃっはぁぁぁああああ!!! 金のためだったら何でもやるぜ。おんぼろジョニーとは俺様のことだ」
「まあ、細かい打ち合わせは店で食いながらやろう。ここのスーパー卵かけご飯は絶品なんだ」
 カールはそれだけが楽しみと言わんばかりに、メゼツの背を押した。


 ジョニーはジロジロと店内をくまなく観察し、ため息一つ。地球外生命体のようなみてくれの店主だったが、確かに卵かけご飯は絶品だった。打ち合わせはつつがなく終わり、食後のまったりとした空気をメゼツが引き締める。
「こいつが料理人に扮して、包丁で獣神帝を刺殺するんだよな。本当に大丈夫なんだろうな」
「ジョニーはウチで専属コックをやっていたから、料理の腕は保証する」
「そっちじゃね~よ」
 メゼツはカールに何度も念を押した。

     

 獣神帝ニコラウスには信頼に足る3人の部下がいた。獣神将と呼ばれ、ニコラウスに忠誠を尽くす。天空浮遊城アルドバランでは直前までホロヴィズとの同盟について、獣神将が諫言していた。
「ククッ、まさかホロヴィズがあの条件を飲むとは。あなたは不服そうですね、エルナティ。」
 エルナティと呼ばれた黒い髪と翼の少女が、不満を漏らす
「また外来種と同盟を結ぶなんて。あんな奴らは駆除すべきよ」
 ロスマルトが反射的に罵倒する。
「うるさいぞ、バカガラス。お前はバカなんだから、考えることはニコラウスとペペムムに任せとけ」
「あんただってバカでしょ」
「雌カラスめ、お前から先に殺してやろうか」
 ニコラウスは喧嘩する二人を放っておき、式典会場を設営している細身の少女に意見を求めた。青い髪から飛び出したネズミを連想させる大きな耳、神経質そうな眼鏡。この少女が獣神将のブレーン、ペペムムである。
「私も反対。この話を持ってきたのは、あの下品なげっ歯類だし信用が置けないわ。ドブジンルイは絶対に何か企んでるわよ」
 てきぱきと使い魔に指図する合間に、ペペムムは推察する。
「まんまとおびき出されているとも知らずに、罠にハマるのは向こうですよ。猟師は獲物を殺す瞬間、舞い上がって油断するものです」

     

 アルドバラン城の厨房に通されたメゼツとジョニーはさっそく作業に取り掛かった。ジョニーは下ごしらえをして、今は料理人に徹している。包丁の持ち込みは一本しか許されず、手持ち無沙汰のメゼツはジョニーに話しかける。
「おたくさ~、なんでそんなに金が欲しいわけ。命を懸けるほどのもんか、金なんて」
「金に不自由したことのない坊ちゃんがたはそうかもしれやせんね。貧しき者も身の丈に合った小さな夢を持ってるんですよ」
 逆差別されたと感じたメゼツは意地になって聞く。
「どんな夢だよ」
「あっしには生き別れた妹がおりましてね。その妹を探し、いっしょに小さくてもいいから自分たちの店を持ちたいんです」
「そんな骸骨メットで接客したら、客が逃げちまうんじゃね~か♪ 」
 茶化されて気を悪くしたのか、ジョニーはメゼツを厨房から追い出した。
「あんただけ楽はさせませんよ。地下の氷室からメインデッシュになりそうな食材を見繕ってきてください」
 当初ジョニーの実力に疑問も持ったが、今はうまくやれる気がしていた。何より妹思いなところがメゼツは気に入った。


 地下へと続く階段を降り氷室を探していると、メゼツは扉の前に立つシャルロットと従者のルーを見つけた。ルーは妖精と千手孕せんじゅはらみという魔物のハーフで、金髪碧眼。本来手のひらサイズの妖精に似ず、人間の少女ほどの見た目である。主好みの黒い服で、シャルロットの妹と偽っても通じそうだ。背からのびる触手で扉をなぞって調査している。
「お前ら、こんなところで何してんの」
「フフッ、アルドバラン城は真の主たる私をずっと待っていたのだ。この開かずの扉が今開かれようとしている」
 メゼツは扉を押したり引いたりしてみたがびくともしない。
「開かね~じゃん。冒険ごっこもたいがいにしろよな」
 ルーは氷室の場所を教えて、なぜかメゼツをシャルロットから引き離した。


 氷室の扉は張り紙がしてあった。読んでみると獣神帝ニコラウスが獣神将に書置きしたようだ。
『氷室にスッキリもやしサラダが入っています。みんなで食べてネ』
 メゼツは獣神帝が巷で言われるほど悪い奴じゃなさそうだと感じた。そして氷室の中にあったものを見て、その思いはさらに強くなった。
 イーノの亡骸を見つけたからだ。氷室の中に安置されていたせいか、イーノの姿は生前と変わらない。メゼツはあきらめ悪く脈をとる。やはり脈拍はなかったが、そのときイーノの手がかすかに動いた気がした。
 イーノの体を動かしていたのはメゼツの手だった。しかしウンチダスの体は腕がない。正確にはウンチダスの体から飛び出したメゼツの霊体が、イーノの体を動かしていた。
 メゼツは試みにウンチダスの体を脱ぎ捨て、イーノの体の中にすっぽりと収まってみた。
「おっ、自分の体のように動かせるぞ」
 口を動かし声を出してみる。イーノの声だ。細い指を一本一本動かし、握ったり閉じたり調子を確かめる。久々のまともな体にテンションが上がり、無意味にくるりと一回転。メゼツは召喚魔法も使えるか試してみた。
「え~と、確か古き神がど~のこ~ので、来たれ」
 かなり適当に詠唱したが、マン・ボウが召喚された。メインデッシュの食材としてちょうどよさそうだ。メゼツはもとのウンチダスの体に戻るのが惜しくなった。イーノが生きていると思って、仲間たちは喜んでくれるはずだ。この氷室に安置されていたままだったら、いつかは食材にされてしまうかも知れない。メゼツは理由をこねて、自分の行いを正当化しようとした。
 メゼツはウンチダスの体から板金甲冑フルプレートアーマーを外す。イーノの体は小柄だからパーツを組み直せば装備できるはずだ。
「これも念のため中に着とくか。使うことがあるかもしれないしな」
 わざとらしくメゼツは言い訳する。頭が入らず兜を捨て、半甲冑ハーフプレートになってしまった鎧を着る。


 メゼツがイーノの姿のまま食材を持って帰って来たので、ジョニーは警戒した。
「あんたの手助けするように託されたんだ」
 本当のことを言っても信じてもらえないと思い、メゼツは苦しい言い訳をする。ジョニーはよりにもよってエルフに後事を託したことを不快に思ったが、もはやメゼツを探している時間もない。いざとなれば自分一人でニコラウスを討ち果たすまでだ。
 ジョニーはメゼツから受け取ったマン・ボウを蒸してから、まんべんなく火が通るように金串を刺して焼いた。皮に焼き色がつき、焼きたての匂いが食をそそる。
 仕上げに柳葉包丁をマン・ボウの腹に差し込んで隠した。配膳台に完成した料理を載せ、ジョニーとメゼツが運ぶ。

     

 天空浮遊城アルドバラン。臓器を思わせる複雑でグロテスクな機械がむき出しの外観を持つこの城は、上層部の帝城と下層部の浮遊大陸から構成されている。帝城の中は普通の城郭とさして変わらない内装をしていた。もとから備え付けてあったのか、このたび取り付けられたのか、式典会場を高い天井から大きなシャンデリアが照らす。
 獣神帝ニコラウスは同盟の調印に雁首そろえた列席者を睥睨へいげいした。髑髏の面で顔を隠しているが、匂いで分かる。この男こそ甲皇国ミシュガルド派遣軍のトップ、ホロヴィズと。影武者ではないはずだ。
 向かってホロヴィズの右に座るピンク三つ編みのメガネが秘書官シュエン、左に座る緑のポニーテール少女が護衛のアルペジオ。傭兵らしきエルフ三人、探検服片眼鏡の女学者、黒ニーソの一般人とその従者などペペムムの情報になかったイレギュラーがちらほらいる。有象無象がいくらいようが、ホロヴィズの首をあげれば済むことだとニコラウスはほくそ笑んだ。
 髑髏メットで顔を隠した料理人が料理を運んできた。まずニコラウスの右隣のエルナティの前にローストビーフの皿を、その隣のペペムムの前にチーズタルトの皿を置く。左隣のディオゴ、その隣のロスマルトの前にはサラダの盛り合わせなどが並べられていく。ジョニーはニコラウスの前にマンボウの串焼きの大皿置くと、マン・ボウの腹に手を突っ込んだ。柳葉包丁を一息に引き抜いた勢いのまま、ニコラウスに突き立てた。
 どんなに強かろうが、心臓を一突きにされて生きていられる生物はいない。しかしニコラウスの体は強靭だった。包丁の刃先が折れ、致命傷には至らない。ジョニーは開いた傷口に腕ごと突き入れ刺した。
 心臓をそれたとはいえ重傷のはずが、ニコラウスは詠唱なしで黒の雷の魔法を放つ。ジョニーの体は痙攣して動けなくなった。全身を激痛と熱が突き抜けていく。
「何が夢の島だよ。俺のちっぽけな夢も叶えられねえのかよ」
 ジョニーは崩れ落ちた。それでも柳葉包丁を放さず、さらにえぐりこむように深々と差しこんだ。ついにニコラウスの背中を突き破り、ひしゃげた刃先が突き出る。そのままジョニーは息絶えていた。
 ニコラウスはやおら大剣を抜き、一刀でジョニーの腕を切り離した。そして怒りに任せてミンチになるまでの遺体を切り刻んだ。エルナティは席を蹴って立ち上がる。
「交渉決裂ね。ニコちゃん、そいつもう死んでる」
 ニコラウスは薄ら笑いを浮かべながら、突き刺さったままの包丁からの腕を取り外して捨てた。


「バカな」
 全員が呆然とする中、メゼツはニコラウスの眼前に詰める。そしてニコラウスの腹にマン・ボウの串焼きを突き刺さした。返り血のついたマン・ボウに豪快にかじりつき、メゼツは挑発する。
「どうした。食わねえのか。なかなかうめ~ぞ♪ 」
 イーノの体を借りるメゼツの姿はペンシルズのメンバーを驚かせた。
「イーノちゃん!! 無事だったのか」
「いっけ~!!! 」
 肉体改造を施したメゼツのかつての体ほどではないが、人間よりも比較的丈夫なエルフの体は獣神帝にも十分渡り合える。ニコラウスは息もつかせぬ金串の猛攻をしのぐ。
「なんで召喚士のイーノちゃんが前衛で戦えているんだ」
「先輩、これってイーノが押してますよね。もしかして勝てるんじゃ……」
 ラビットの希望的観測をクルトガは冷静に否定する。
「いや。反撃の隙を与えないように手数で圧倒しているが、いずれ限界がくる」
 エルフの体でもメゼツの剣技にはついていけず、金串の突き終りの一瞬をニコラウスが狙う。
「アナタはオレより弱いですよ」
 ニコラウスの大剣がメゼツの胸甲を砕き、弾き飛ばされ背中を床面に叩きつけられた。メゼツの闘志はいささかも衰えず、起き上がりざまにまた突きまくる。


 見惚れていたロスマルトが我に返り、ニコラウスに加勢しようとする。間に体を入れて止める者があった。
「ディオゴ、なぜ邪魔する」
「言ったろ。同盟を結んでいるのはあんたらだけじゃないんでね。好待遇の甲皇国に鞍替えさせてもらう」
「ふん、コウモリ男め。いいだろう、再戦だ」
 ロスマルトは楽しそうに斧を振り回す。身軽にかわすディオゴも勃起し先走りがほとばしるほど高揚していた。
「エルナティ、あなたはロスマルトに加勢しなさい」
「いやよ。ニコちゃんに加勢する」
 ペペムムのせっかくの采配も、犬猿の仲の二人に引き裂かれた。獣神将たちは反目して連携を取れない。


「しぶとい。いい加減しつこいですよ」
 起き上がりこぼしのように何度も立ち上がるタフなメゼツに、さすがのニコラウスも疲弊の色を隠せない。メゼツは馬鹿の一つ覚えで、金串で喉元を突きまくる。その剣筋の一つがニコラウスを貫き通した。
 首から血煙を上げながらニコラウスは膝をつき、前のめりに倒れた。
「イーノ!!! 」
 仲間たちがメゼツに駆け寄る。長いことウンチダスの体に慣れすぎて、メゼツは自分が呼ばれていることにようやく気が付いた。イーノのしゃべり方をあまり覚えていないメゼツは適当な女言葉でしゃべる。
「オホホッ、あたしにかかればこんなものよ~ん」
「イーノちゃん、ホントにいったいどうしたんだ。オカマっぽいしゃベり方だし」
「誰がオカマだ! 」
「きっと死線をくぐったことによって、秘められた力が解放されたのよ。この雷撃の姫君のように」
「そう、それ。文字通り生まれ変わったとか、そんな感じだ」
 クルトガたちは本物のイーノが死んだことを知らない。イーノの無事をみんな喜んでくれたが、メゼツは後ろめたい気持ちでいっぱいになった。


「待って。まだ、終わってない」
 ニコラウスの体が霧のように消え、本来の禍々しい姿を見せる。人を丸呑みににできそうな大きな口、不均一な並びの三つの目。顔半分を覆う黒いブチの白い狼の化け物が吠える。
「クッ、まさか正体をさらすことになるほど消耗するとは」
 動物学者のズゥはニコラウスの姿に既視感を感じていた。ヌルヌットと呼ばれる食肉目イヌ科の生物に似ている。ズゥはかつてヌルヌットの研究論文まで書いていた。ヌルヌットが古代ミシュガルドの家畜であったという説を提唱もしている。
 何か役に立つかもしれない。ズゥはヌルヌットとニコラウスの特徴の共通性を考えた。ヌルヌットと同じ頭部前面上方についた三つの目は、立体視で上向きの視界を持っているに違いない。
 メゼツは飛び上がってニコラウスを突くが、難なくかわされてしまう。
「イーノさん、そいつの死角は真下です」
 ズゥのアドバイスでメゼツは姿勢を低く構える。ニコラウスの顎の下に滑り込み、下から喉を突く。返り血がメゼツを染めていく。発見した弱点のおかげでメゼツがやや優勢に。ズゥは高い雇用費用分を上回る貢献を果たした。
 追い詰められたニコラウスは当然の戦術として、唯一まともに戦えそうなメゼツを黒の雷で狙う。
「みんな、低いところに逃げろ。雷なら高いところに落ちるはず」
 メゼツは率先して身をかがめる。しかし天井のシャンデリアに雷光が走り、経由して黒い雷は真下にいたメゼツの金串を通り体を貫いた。
「ミャハハッ、バカじゃないの。雷は高いところに落ちるなんて迷信をドブジンルイはいまだに信じているのね。雷は金属やとがった先端に落ちるのに」
「イーノちゃん!! 」
 メゼツはぴくりともしない。ニコラウスはメゼツに念入りに黒の雷を浴びせた。
「ふざけるんじゃない。この程度の輩で獣神帝を弑逆しいぎゃくしようとは、甘く見られたものですね。報いをうけなさい」
 血の使い魔がホロヴィズに襲いかかる。刺突剣レイピアを持たないアルペジオは自分の身を挺してホロヴィズを守ろうとする。
「まったく。僕はこれが苦手だから、秘書になったっていうのに」
 アルペジオにかみついた使い魔を引きはがし、シュエンは素手で縊り殺した。秘書になる前、暗殺者として育成されてきた経験が活きた。適性がなかったために一線を退いていたが、それでも暗殺術は一通り心得ている。アルペジオもシュエンに習い素手で使い魔を殴りつけるが、武器なしではいずれ押し切られてしまうだろう。
「ホロヴィズ将軍。暗殺が失敗した以上、宝玉で脱出を」
「だめだ。まだメゼツが戻っていない」
「メゼツの体はウンチダスなのでしょう。いざとなればテレポートできます。もしかしたら、すでに脱出しているかも」
 シュエンの助言によりホロヴィズは意を決し、甲皇国の出席者を一ヶ所に集めると宝玉を使って脱出した。
「うそ、私たちだけとり残された」
 使い魔たちの矛先が残されたクルトガたちペンシルズに向かう。本能のおもむくままに殺到する使い魔が一瞬で凍り付く。
「フロスト! 魔法を使ったのか」
「もう3特なんて知ったこっちゃないわ。獣神帝は人類共通の敵よ」
 フロストはニコラウスに氷の魔法を放つが、詠唱のタイムラグの間に素早くかわされてしまう。まぐれで当たっても、ニコラウスは霧のように消えて追撃を許さない。ただでさえすばしっこいのに、霧の魔法で姿を消せる。黒の雷まで操り、絶望的な状況だ。
「悪いのは弱い人間だよ? 」
 エルナティは言う。
「まったくネズミ族がこんなドブジンルイの残飯を漁ってきたなんて恥だわ。皆殺しにしましょう。あっ、でも、このチーズタルト焼いたジンルイは許す」
 ペペムムはチーズタルトをかじりながら言う。
「チーズタルトぉぉぉぉー」
 もはや誰もがあきらめかけていた。メゼツが立ち上がるまでは。床に突き刺した金串を杖にメゼツが立ち上がっている。
「確かに使う機会あったぜ」
 ボロボロの鎧の下からは溶けかけたノビルスーツが見えている。
「黒の雷を耐えたしかけはゴム製のインナーですか。用意周到ですね。ですが、次の一撃、耐えられますか? 」
 ニコラウスは魔素マナを溜め、黒の雷を撃つ態勢に入る。ラビットが阻止するために、ニコラウスに組み付く。
「武器がなくても、半人前でも、動きを止めるくらい」
 ニコラウスが巨大な体で振り払うが、ラビットは懸命にしがみつく。クルトガ、ズゥ、ルー、シャルロットまでもが加わり、一時的にニコラウスの動きが止まる。
 エルナティが手裏剣を投げ、ニコラウス救出を図る。
「邪魔はさせないわ。フリーズ」
 フロストが氷結魔法で妨害。
 全員の意志が一つになっている。今ならばいけるかもしれない。メゼツはふらつく体を押して、金串で突いた。瞬間、ニコラウスが霧となって消える。
 霧の魔法で姿を隠したニコラウスは、クルトガとラビットの間をすり抜けいく。ニコラウスの攻撃に一切の遊びがなくなり、姿を消したまま黒の雷を撃つために魔素マナを溜め始めた。
 メゼツは金串を捨てたが、それでも黒の雷を耐えきれないだろう。
「イーノ、なぜ魔法を使わないの。あなたは私のタリスマンを破壊するほどの魔法の才能を秘めているのよ」
「魔法を使えったって、マンボウを出すぐらいしか。いや、もう一つ使える魔法があったぜ。それもとっておきのヤツが」
 メゼツは魔法の入門書を読んで覚えた、物をとがらせる魔法を思い出した。ペペムムによれば雷は金属やとがった先端に落ちるらしい。どこで使うのかと思っていた魔法にこんな使い道が。メゼツは呪文の詠唱を始めた。
「この針は、おぼ針、すす針、貧針、うる針」
 黒の雷が放たれた。メゼツの魔法が発動したのはほぼ同時。ニコラウスに突き刺さっていた柳葉包丁の刃先がとがり、黒の雷が直撃する。
「自分の雷で自分が燃え尽きちまえ!! 」
「……守りきれず……我が……主……」
 最期にニコラウスの脳裏に写ったのは平和だったころのミシュガルドだった。それは幸せだった時間の記憶。霧の魔法が解け、ニコラウスの姿がさらけだされる。体を貫く包丁に高圧電流がかけられ、傷口からは白煙が伸びている。
「ニコちゃん!! いやああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ」
 エルナティがニコラウスの遺体に泣きすがる。
「ダメ。私たちの役目はまだ」
 ペペムムは泣きじゃくるエルナティを引き離し、宝玉を使って落ち伸びていった。メゼツたちは見逃すほかない。死闘の後で余力を残しているものなどいないのだから。


「さて、そろそろ消化試合を終わらせようか」
 ディオゴは上着に隠したホルスターから引き抜いて、2丁の拳銃を至近距離でぶっ放した。
「卑怯な」
 ロスマルトの言葉を遮るように間断なく弾丸を撃ち尽くす。死亡を確認し、仕事を完遂させたディオゴは宝玉を使って脱出した。


 メゼツはくたくただったが、ニコラウスの遺体を探って宝玉を見つけ出した。一見すると透明な石のようだが、見る角度によってさまざまに輝きを変える。新たに手に入れた宝玉により、メゼツ一行はようやく大交易所に帰還することができた。
 雇用契約期間が満了となりズゥと別れ、ペンシルズとの共同戦線も終了となる。メゼツはアルフヘイムのアーミーキャンプへ帰るクルトガたちを見送ろうと、門の外に立つ。
「何やってんの、イーノちゃん。いっしょに帰るんでしょ」
 メゼツはまた、イーノの体であることを忘れていた。このままペンシルズと行動を共にして良いのだろうか。任務を忘れアルフヘイム人イーノとして生きていくのか。それともスパイを続け、嘘をつきながら生きていくのか。どうすれば良いのかわからず、メゼツは逃げ出すことしかできなかった。誰も本当の自分を分かってくれない。
 門の中に飛び込むと知った顔の二人連れの少女にぶつかった。黒猫を思わせるシャルロット黄色い瞳がメゼツを見つめている。
「口調どころか、顔つきまであのウンチダスに似てきてるのよね。あっ、分かった。一度死んだあなたはウンチダスの魂を生贄にして転生したに違いないわ」
 それはいつものシャルロットの妄想に過ぎなかったはずだ。それでもこの一言にメゼツは救われた気がした。


 放置された遺体、天井までこびりつく赤黒い液体、アルドバランの式典会場は生々しい傷跡を残す。激戦冷めあらぬ余韻を楽しむように、いつからいたのか妖艶な紫衣の女人がたたずんでいる。羽飾りに金の腕輪。輝く装飾は、どこかキンバエやシデムシを連想させる。
「氷室に器がなかったからガセかと思ったけど、ここにいっぱいあるじゃない」
 芝居がかったしぐさでニツェシーア・ラギュリは遺体に語りかける。気がふれたように、誰に言うでもなく。
「よりどりみどり。この器、なんて美しい筋肉なのかしら。でも、おつむはいらない」
 ニツェシーアがロスマルトの首をなでると、まるで熟した果実が落ちるように、ひとりでに首がもげた。
「こっちは火傷がひどいわね。私が整形して・ア・ゲ・ル☆ 」
 ニコラウスの首を落とし、ずだ袋に詰め込む。死臭を胸いっぱいに吸い込み、うっとりとした表情で解体を済ませる。ロスマルトの体、ニコラウスの首、ジョニーの右腕。収穫物とともにニツェシーアはいずこかに消えた。

     

 死闘を制した後の数日間メゼツは何も手につかず、特筆すべきことは何もない。メゼツはイーノの体を借りることで、丙家の任務やしがらみから解放されていた。いきなり与えられた自由を持て余し、冬晴れの空の下シャルロットたちと街をブラブラ。
 せっかくウンチダスがいなくなったと思ったのに、新たなるライバルの出現にルーは焦れていた。
「そこの二人!! くっつき過ぎ。離れなさい」
「そうだな。俺から離れろ」
 メゼツが雑にシャルロットを突き放す。シャルロットは懲りずにまとわりつく。
「いいじゃない。女の子どうしだし」
「女の子どうしだからダメなの。だいたいエルフで幼女で俺っ娘って、なんかズルい。狙ってやっているとしか」
「お前は何を言っているんだ」
 街には商売人を除いて大人は出はらっている。冒険日和である。こんなにヒマそうにしている冒険者はいない。昼の街は子供たちのテリトリーだ。
 めざとい子供たちはすぐさまメゼツを見つけて包囲した。黒い手製のマントの男の子がメゼツの右手をひっぱる。
「ねえ、君。どこから来たの。いっしょに遊ぼうぜ」
 白い水干を着た白髪おかっぱの女の子がメゼツの左手をひっぱる。コウモリの亜人らしく、リボンのように広がった耳と翼が生えている。
「ダメだよ。この子はうちの探検部に入るんだから」

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┃          ┃
┃>男の子と遊ぶ   ┃→8章へすすめ
┃          ┃
┃ 女の子と遊ぶ   ┃→9章へすすめ
┃          ┃
┃ どちらとも遊ばない┃→最終章 世界を救う2つめの方法 へすすめ
┃          ┃
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