Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルドを救う22の方法
6章 誰もが誰かを愛してる

見開き   最大化      

 甲皇国駐屯所司令部には総司令官ホロヴィズの私室がある。華美な装飾はいっさいなく、質素な机と座り心地の悪い鉄製椅子2脚。骸骨面と黒いローブだけがぎっしり詰まったチェストと固いベッドしかない。殺風景でホロヴィズの心そのものだ。
 機械と一体化した少女が席の一方を埋め、亜人の正しい屠り方という課題図書を読んでいる。対面に座る人形のように美しい眼帯の少女が茶々を入れた。
「お勉強ばかりしてないで、私と遊びましょう。メルタのお父様厳しすぎ」
 暴火竜レドフィンによる帝都マンシュタイン襲撃、俗にいう『竜の牙』で瀕死の重傷を負いメルタは機械の体になった。眼帯の少女フランはヴィクター・ケンシュタイン博士によって、『竜の牙』で死亡した娘の死体を繋ぎ合わせて作られた人造人間である。似たような境遇を持つ2人は父親同士が懇意なこともあり、すぐに親友に。
「これは愛ですわ。お父様はわたくしを必要としてくれる。あなたのお父様と違って」
「私のお父様だって愛してくれてるもん」
 フランは冷たかった体を上気させ、部屋を出て行った。温室育ちのメルタにはフランがなぜ怒っているのかも、自分が知らず知らずのうちにフランを傷つけてしまったことも分からない。
 邪魔が入らないせいで、つまらない本をすぐに読み終えてしまった。なんでこんなに気分が晴れないのだろう。メルタは慰めてもらおうと、父ホロヴィズのいる指揮所を訪れた。
「お父様このご本読了いたしましたわ」
 ホロヴィズは褒めるでもなく、さも当然というように本を受け取った。
 メルタは兄メゼツ死亡後ホロヴィズから後継者たるレディになるため、亜人抹殺のための英才教育を施されていた。ところが、メゼツはウンチダスとして復活し、メルタを後継者にする必要性はもうない。ホロヴィズはメルタへの厳しい教育方針を解いた。
「メルタ、もう良いのじゃよ。今日から勉強はしなくても」
 ホロヴィズはニッコリと微笑んでいたが、髑髏面に阻まれメルタには届かない。メルタは父から必要とされなくなったと誤解し、指揮所から泣きながら飛び出した。
 メルタと入れ違いに白くて丸い生き物が司令室に入る。メルタはメゼツの魂がウンチダスに憑依していることを知らない。メゼツはメルタが体の大半を失い機械の体になったことを知らない。メルタとメゼツ、何も知らない兄妹がすれ違っていく。
 ホロヴィズは指揮所を訪ねたメゼツに現状の報告を聞く。たいした進展がないことに落胆しつつも、メゼツの魂がウンチダスの体にしっかりと定着していることにまずは満足した。
 ホロヴィズは自分の後継者に生き返らせた意味を明かす。
 甲皇国は戦争による後天的な不具者もさることながら、環境破壊の影響による先天的な不具者が増加している。加えて甲皇国女性の合計特殊出生率はついに1.0を割り込んだ。戦争に取られると分かっていて、子を産みたがる女性がいるはずもない。
 ホロヴィズは対策として軍隊の機械化を進める。機械兵を軍隊の中核とし、人口減による兵力不足の問題を一挙に解決するつもりだ。
 機械兵は兵糧も食わず文句も言わず戦い続けることができるが、その軍団の指揮は結局のところ人間がとる。『火焔』など丙式乙女シリーズにはそうした能力も期待されたが、前線指揮官がせいぜいだ。高度な戦略を練ることができる機械の指揮官と、複雑な指揮についていける機械兵。それを可能にするブレイクスルーは鉄のアルトゥールの降霊術だった。ホロヴィズは機械の体に英霊の魂を宿らせるという夢想にとりつかれている。今のところ魂詰め替え式で蘇生したのはメゼツだけだったが、いずれはすべての戦死者を機械兵として復活させるという遠大な構想を語った。
「永遠に戦い続ける兵士の誕生じゃよ。素晴らしいと思わんかね」
「いや」
 ボロヴィズはメゼツの即答に、意外そうに小首をかしげた。メゼツはつっかえつっかえ言葉を紡ぎだす。
「うまく言えねーんだけどよ~。物語ってのは終わりがあるから面白いんだぜ。終わりのない物語はただの悪夢だ」
 なぜこんな言葉が飛び出したのか、メゼツ自身も分からなかった。一度死んだ人間がたどり着いた境地なのかもしれない。
「お前は分かっていない。完全な機械の軍隊は完全な丙家私兵となる。そのときこそ我らの悲願は達成されるというのに」
 メゼツはいったんこの話を切り上げ、一番の懸案事項を聞いた。
「そんなことより、メルタだ。メルタは無事なのか」
「メルタ? さっき入れ違いになったじゃろ」
「あのメカがメルタ? 親父!! 何をした。メルタ泣いてたぞ」
 メゼツはホロヴィズに問いただし、事情を聞くとすぐにメルタを追った。「ホントはアンタが追うべきなんだからな」と言い残して。


 自分でもどこに向かっているのか分からない。メルタはひたすら歩いた。もう父親のそばにはいられない。いつしか市街を離れ、景色はうっそうとした森に変わっていた。メルタの足を止めたのは向こう岸が見えないほど広い湖だった。波が立っていたら海と間違いそうなくらい広い。
 湖面に涙でくしゃくしゃになった顔が映る。水鏡から亜人のように人間離れした機械の化け物が見つめ返していた。水滴が波紋を作り像をゆがませる。
「もしや……今のわたくしって亜人なのでしょうか……?」
「メルタ早まるんじゃない」
 見知らぬウンチダスが血相変えて近づいてきたのを見て、メルタは泣いたまま笑ってしまった。その顔を見てメゼツはようやく冷静さを取り戻す。
「あなたはどなた?」
「お兄ちゃんだよ、メルタ。分からないのか」
「魔物さんは優しいね。私が泣いてたから、笑わそうとしていらっしゃるのでしょう」
 いくら兄であること主張しても信じてもらえない。メゼツは諦めて、父ホロヴィズの誤解を解いた。自分が捨てられたわけじゃないと知り、メルタの顔に少し明るさが戻る。それもつかの間、何かを思い出し、すぐまた沈んだ顔になった。
「どうした」
「わたくし、親友にひどいこと言ってた」
「謝りに行こう。お兄ちゃんもついて行ってやるから」


 フランの家とは駐屯所の外れにあるケンシュタイン博士の研究所のことである。寒々としたコンクリートの打ちっぱなしからは人とも魔物ともつかないうめき声が漏れ聞こえてくる。研究所というよりは牢獄といったほうがしっくりいく。
 メルタが呼び鈴を鳴らすが、誰も出てくる気配はない。メゼツは構わず開いていた扉から勝手に中に入っていった。どんどんと進む兄をメルタも追う。メゼツはメルタが付いてこれるように、速足を緩めたり後ろを振り返る。今にも泣きそうな顔を見ると昔みたいに手を繋いで歩きたいところだが、ウンチダスの体には繋げる手はない。
 研究所の中に明らかに異質な一室。そこだけ淡いレモン色の壁紙に、小さなベッドで白いグヌーのぬいぐるみが主人の帰りを待ち続けている。グヌーは頭部から6本足の生えたアンバランスさがキモかわいい愛玩動物の一種である。
 博士は亡き娘の部屋を残しておきたかったのだろう、生前のままに。メルタはケンシュタイン博士の娘の部屋にフランを見つけた。
 小物棚に置かれた博士と娘が笑顔で映った写真立てを見つめて、美しき死体は振り向きもせず言い放つ。
「こないで!!」
「ごめんなさい。あんなひどいこと」
「怒ってないわ。だって本当のことだもの。お父様が愛しているのはこの写真の人。私はこの娘になるために努力したの。でも、ダメね。私はただ、この子の形をしているだけ。本当の家族じゃない!」
 メゼツにはどうすることもできない。二人の少女がお互いを傷つけあいながら苦しんでいる。自分にできることはないだろうか。
「国籍とか、種族とかゼロ魔素マナとか関係ないのであるとか言ってた奴もいるんだぜ。そいつは人間のガキだった。なのに化け物のチビを本当の妹みてーに大切にしてよ。本当の家族って奴は、血の繋がりだけじゃねーんじゃねーの」
 メゼツの記憶から霧が晴れていく。自然にウェーブがかった銀鼠色の髪を背まで垂らして、紫炎の瞳が見つめていた。金色の目をした燃えるような紅毛のエルフも。
 出会いは影響を一方的に与えるだけに留まらない。双方向に影響を与え合うこともある。種族を超えた家族の絆を教えてくれた、あの少女の名前は確か……
 メルタはフランの体をそっと抱きしめた。機械の力で壊してしまわぬように。それで十分伝わった。親友の間に言葉はいらない。
 これ以上はおせっかいだ。仲直りできたのを見届けるとメゼツは研究所を立ち去った。

     

 帝都マンシュタインにあるルントシュテット総合病院は、最新の医療が受けられる仁部省(厚生省に相当)の施設である。同じ甲皇国とは思えぬほど、白い壁紙で統一された病院内は清潔に保たれている。他国での病院では当たり前のことなのだが、甲皇国では奇跡に近い。甲皇国の民間の病院はベッドは常に埋まり、毛布やシーツは血がべったり付いたまま使われ続ける不潔さなのだ。
 心労がたたり、老皇帝クノッヘンはルントシュテット総合病院に入院していた。眼窩は落ちくぼみ、血色の悪い顔に死相が見て取れる。自分の残された時間はあとわずかしかない。それまでに世継ぎを決めなけば。やはり皇太子であるユリウスが浮かぶ。長く伸ばした黒髪、薄く生えそろった口ひげ、あごひげ。左目を隠す眼帯。現在は悌部卿(財務大臣に相当)として手腕を発揮している。
 ユリウスは暴火竜レドフィンを撃退して以来、国民からの支持も厚い。何よりクノッヘンを喜ばせたのはユリウスが一番早く見舞いに訪ねたことだった。
 ユリウスは傭兵騎士を一人だけ伴い病室を訪れ、努めて笑顔で話しかけた。
「父上、お加減は。」
「ユリウス、お前が顔を見せてくれて、気分が良い」
 クノッヘンは幼いころの無邪気なユリウスの姿をありありと思い出した。
「これは見舞金代わりです」
 ユリウスは金鎖の懐中時計を手ずからクノッヘンの首に下げた。ユリウスに対してすでに愛情を失っていたクノッヘンだったが、体を触られることに不快感はない。
 やはりユリウスに譲位すべきかとも思ったが、一つだけ懸念材料があった。ユリウスが本当に自分の子であるかという疑惑である。ユリウスの実母である皇后エレオノーラはハイランドの王ゲオルクと姦通していたというのだ。ほどなくしてエレオノーラがハイランドに出奔したことで、疑惑はさらに深まった。
 もともと女性に対する愛情に欠けたクノッヘンは、女性不審に陥る。持病のホモとショタの合併症ハイブリッドにますますのめりこんでいった。
 ユリウスの連れてきた傭兵騎士アウグストを狸寝入りして観察する。傭兵には珍しい高貴な顔に、金髪碧眼。細身に見えるが軍服の下にたくましい体を隠していることは、クノッヘンにとってお見通しだった。いかんせん育ちすぎている。もう少し若ければ食指も動くだろうが、あの憎きゲオルクの実子だと聞く。どういうつもりでユリウスはアウグストを連れ回しているのか。クノッヘンは猜疑の目を向ける。
 老皇帝は寝ていると思いアウグストはうかつなことを口走った。クノッヘンは息を潜め、聞き耳を立てる。
「兄上! なぜ借金をしてまで懐中時計を買ったんです。人気取りのために庶民へのバラマキで散財したばかりじゃないですか」
 ユリウスはアウグストの左頬をひっぱたいた。ぶち慣れているのか、気持ちいい破裂音だ。口の中を切り、アウグストの口端に血が滲む。ぶたれ慣れているのか、アウグストは右頬を差し出す。
 ユリウスはアウグストの右頬をなでながら、説明してやる。
「もし私が皇帝になれなかったら、資本を融資している御用商人どもは負債を抱えて破産してしまう。だから御用商人どもは私を皇帝に押し上げるために必死に協力する」
「皇太子殿下の深慮遠謀、思い知りました」
「もう少しの辛抱だ。しおれたジジイにこびへつらうのは苦痛だが」
 ユリウスはクノッヘンに対する愛情など最初から持ち合わせていない。


 次にやってきたのは王位継承権序列第2位のエントヴァイエンだった。近衛兵隊長のライオネルを引き連れている。クノッヘンが最も設備の充実した病院に入院できたのは仁部卿(厚生大臣に相当)であるエントヴァイエンの尽力だろう。庶子ということもあり、国民にも人気がある。
 エントヴァイエンはユリウスを押しのけて、クノッヘンの手を取り大きな口で豪快に笑う。
「父上、おいたわしや。このエントヴァイエンの病院で最新の治療をお受けください」
 エントヴァイエンは喜々として、怪しげな装置を運んできた。
「この装置は筒の中に入ることにより、マイクロ波が体の中を通過します。体の中の様子を見ることができ、これで患部を調べられます」
「本当に安全なんだろうな」
 エントヴァイエンの説明に不安を感じつつも、クノッヘンは筒の中に入った。装置から照射されるマイクロ波はクノッヘンの身に着けていた懐中時計をバチバチ火花を散らしながら熱していく。電子レンジの中にアルミホイルを入れてチンするようなものだ。
「あぢぢぢぢぢ!!!!!!!!! 」
「おかしいな。亜人奴隷では成功したはずだが」
 クノッヘンの苦しむ様子を見ても、エントヴァイエンは装置を止めようとしない。見かねたユリウスが止めようとする。
「父上!! 今お助けします」
「まて。医学の発展のため、このまま放置するとどうなるか見てみたい」
 クノッヘンは薄れゆく意識の中で孫のミゲルの姿を思い描く。無垢な青い瞳に柔らかな金髪、子供特有のあどけない表情。王位継承権序列第3位にして信部卿(内務大臣に相当)。心優しいミゲルは国民にファンも多い。オツベルグに憧れて乙家の軍人が着る青い軍服を好んで着ていた。まだ幼いミゲルの体には寸足らずでぶかぶかなところなど、クノッヘンが理想とする容姿である。ミゲルなら、ミゲルならばわしのことを本当に思いやってくれるに違いない。
 クノッヘンの願いが天に通じたのか、ミゲルが病室を訪ね怪しげな装置を止めた。
 

「お爺様、大丈夫ですか」
 少し大人びた声になっていたが、クノッヘンの待ち望んだ人の声だった。
「お前だけが、お前だけが優しくしてくれる。さあ、近うよって顔を見せておくれ」
 あの柔和だったミゲルの顔は他の兄弟のように目つきの悪い作り笑いをしていた。
「もう引退してはいかがですか、お爺様」
「違う! こんなのはわしのミゲルじゃない」

     

 一方そのころミシュガルドでは、皇帝の孫であるカデンツァが同じく皇孫のカールと話している。カデンツァは駐屯所司令部にあまり顔を出さないカールに会うために、わざわざ私邸に出向いていた。
「カール、お前は皇帝陛下の見舞いに行かないのか」
「お前こそ」
「私はクーデター未遂の前科がある。とうに世継ぎからは外されているさ」
「で、探りを入れに来たわけ」
 カールはそっけなく答える。カデンツァの意図が読めず、身構えているようだ。
「そうじゃない。私と組まないか。」
「お断りだ」
 即座に断られたカデンツァは赤い瞳に冷ややかな色を浮かべて、カールを批判する。
「なぜ乙家の下々とは付き合うのに私とは組めん。お前の母も乙家の謀略で殺されたじゃないか、我が父と同じように」
「謀略で不幸になるのは権力闘争に明け暮れる貴族のみ。戦争に比べれば、謀略のほうが1億倍ましだ」
「お前はホロヴィズに洗脳されたミゲルの前でも同じことが言えるのか」
 カールはカデンツァの言葉に耳を疑ったが、同時に納得もした。ホロヴィズならばそのくらいのことはやってのけるだろうと。
「ホロヴィズはミゲルに何をした」
「何だ、情報将校のくせに知らなかったのか。ホロヴィズはユリウスを皇帝にするため、催眠術師レイバンを使いミゲルの性格を真逆にしてしまったらしい」
 人間、聞きたくない情報は知らず知らず遮断してしまうものだ。カールは皇帝候補レースに関する情報にだけ極端に疎くなっていた。
「ミゲルの性格をもとに戻すことはできるのか」
「さすがのホロヴィズも皇族に手荒なまねはしまい。ただ暗示にかかっているだけだ」
「いつミゲルが権力を望んだ。なぜそっとしておいてあげられない」
 カールはカデンツァの提案に乗った。ホロヴィズにミゲル洗脳の疑いがあると共同署名でクノッヘンに直訴状を送ったのだ。後日ホロヴィズは失脚し、無事ミゲルの洗脳は解かれた。

     

 舞台は再び帝都マンシュタインにあるルントシュテット総合病院に戻る。
「父上の体で人体実験しようするなど言語道断。義兄上は皇帝にふさわしくない」
「お前が懐中時計なんぞ身につけさせたから事故が起きたんだ。お前こそふさわしくない」
「まあまあ、叔父様がた。ここはひとつ、間をとって僕が皇帝ということで」
 3人の後継者はいまだに口汚く争い続けていた。そのさなかクノッヘンの病状は進行し、もはや誰の声も届かない。老皇帝は静かに目をつむる。ついに耳も聞こえなくなった。音が遠ざかり、まるで浮世との縁が切れていくように感じられる。
「わしももう長くはない……そうだこれでいい、これでやっと一人だ……」
 いまわの際の枕元にいつのまにか人の気配がある。死神が迎えに来たのかと思い目を開けると伝令が立っていた。伝令は何事かしゃべっているが聞き取れない。死の瞬間まで公務をしなければいけないのかとクノッヘンはうんざりしたが、伝令が差し出した直訴状を見て最期の行動に出た。
「馬鹿息子共が……」
 クノッヘンは遺言を記し、崩御した。世継ぎはカールにすると。


 10章へすすめ

       

表紙

新野辺のべる 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha