Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
7章 戦車戦

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「メゼツ、ミカエルを殺せ!!」
「ニフィル、迷うな。禁断魔法を撃てー!!!」
 怒鳴り声が飛び交う中、メゼツはミカエル4世に見向きもせず、エルフを見境なく狩る火焔を止めに入る。
 ニフィルはミカエル4世に詰め寄られ、取り返しのつかない選択をした。
 禁断魔法の火が再び世界に産み落とされる。ニフィルの手を離れた青く光る飛翔体は明滅を繰り返しながらアーミーキャンプ全体に広がっていく。万物は境界を失って混沌へと回帰する。
 その時、熱風がウンチダスの体を吹き抜けていった。


















 空が見える。紫一色のよどんだ空。確かアーミーキャンプの中にいたはずだがとメゼツは思った。赤く朽ちて精霊樹の城は崩れ落ち、肉片が飛び散っている。
 冬空からは黒い塊が降り注ぐ。灰かススだと思っていたが、熱を持った顔に当たると解けて黒い水になった。黒い雪が焼け焦げた遺骸を冷やしながら降りしきる。炭になった死骸隠してしまおうと降り積もる。
 こんなことは戦中で慣れていたはずだった。禁断魔法だって初めてではない。それでもメゼツは平静でいられなかった。
 忘れていただけだった。ショックが大きすぎて記憶にフタをしていただけだ。体は強化できても、心は違う。同じ人間の大量死を受け入れられるほど、人間の心は頑丈にはできていない。
 倒れ伏しながらも、まだ息のあったエルフ兵を黒い雪が容赦なく覆いつくす。仲間のエルフが涙をこらえながら掘り出すが、雪を払って出てきたエルフ兵の顔はすでに土気色に変わっていた。
「助からない。放っておけ」
 別のエルフがかけた言葉に強い憤りを感じる。なぜ化け物と忌み嫌っていたエルフに対して、メゼツは深い悲しみを感じてしまっているのか。
 エルフは人間に劣る亜人で抹殺すべしといかに思想を植え付けられたとしても、心は亜人も人間も変わらないと認めてしまっているからだ。
 それがメゼツの見た最後の光景となった。









     

 ミハイル4世は生き残りのエルフを集め、丘陵地帯の枯れ井戸へと続く抜け道を急いでいた。一番前を歩いていた黒騎士が幸の薄そうな甲皇国の女性士官を捕まえて、ミカエル4世の前に連れてくる。
「尋問しましたが、スズカ・バーンブリッツ大尉という名前以外は吐きません」
「こんな奴にかまってる場合か」
「いざとなれば盾ぐらいにはなりましょう」
 黒騎士の提案でスズカは人質として枯れ井戸の中まで連行された。横穴から出ると真上から落ちる光の円が、スポットライトのようにミカエル4世を照らし出す。
 枯れ井戸の横穴を魔法で崩して埋め、アルフヘイム軍はようやく一息ついた。これで追撃を振り切ることができそうだ。エルフたちはスズカが降りるときに使った縄をよじ登って外に出た。外の新鮮な空気を吸おうとしたが、ススやほこりで空気は濁っている。
 アーミーキャンプのあった場所を中心に森がくり抜かれ、巨大なクレーターが出来ている。一瞬で廃墟となってしまったアーミーキャンプを遠く眺めながら、また自分たちはとんでもないことをしでかしてしまったんだとエルフの誰もが思った。
 スズカも枯れ井戸をよじ登ろうと縄にしがみつくと、エルフ兵は縄を切ってしまった。縄といっしょにスズカは落ちる。大した高さじゃなかったので無傷だったが、捕虜虐待じゃないかと抗議した。
「ちょっと、私まだ登ってない」
「貴様ら甲皇国が我らアルフヘイムにしたことを考えれば、本来なら八つ裂きにしていたところだ。枯れ井戸の中で餓死で済んで良かったと感謝しろ」
 甲皇国の勢力圏内に長居したくないミカエル4世は、スズカを枯れ井戸の中に置き去りにしたまま南に去っていった。

     

 舞い上がった灰も晴れているのに、視界は暗くなるばかり。ついに真っ暗闇となり、メゼツは自分の視覚が失われているのではと考えた。視覚の喪失は一時的なものなのか、治らないものなのか。
 一刻も早く爆心地から離れるため、メゼツは大交易所にテレポートしようと意識を集中した。目が見えないと無事にテレポートできたかも分からない。足で地面の感触を確かめると、ひんやりとした何かに足が沈み込んだ。おそらく降り積もった黒い雪だろう。テレポートできてない。
 目の見えなくなったせいなのか、それとも禁断魔法の影響なのか、ウンチダスのテレポート能力も失われてしまっていた。勝気なメゼツは初めて恐怖がこみ上げてきて、ただ闇雲に走り出した。
 生暖かいぶよぶよとした感触が足の裏から伝わる。何を踏んでいるのかあまり考えたくはない。粘り気のある液体に足をとられ転ぶ。死者がメゼツを奈落の底に連れ戻そうとしている。
 後ろから何者かに羽交い絞めにされ、そのまま抱えられるメゼツ。これは幻覚ではない。メゼツはどこへ連れていかれるかと戦慄した。
「なぜミカエルを殺さなかった」
 メゼツを抱える男が聞き覚えのある声で詰問する。
 部下らしき別の男の報告する声がする。
「ゲル・グリップ大佐、枯れ井戸の中にバーンブリッツ大尉を発見しました」
 メゼツを抱えていたのはゲルだった。助かったと思ったが助かっていない。
 ゲルはメゼツを他の捕虜と共に枯れ井戸に投げ入れた。
「メゼツ少尉並びにサンリ中尉は命令違反のかどで拘禁する」
 どうやらメゼツ以外にも枯れ井戸の中に何人かいるらしい。
「待ってください、私は。私は敵の脱出路を発見したんです」
 スズカの懇願にゲルの態度は冷たかった。
「残念だよ、大尉。なぜ作戦不参加のはずの君が戦場に来た。甲皇国には命令に忠実なものしかいらない」
 ゲルの足音が遠ざかるまで、スズカは弁明し続けた。
 理不尽だとも思ったが、そもそも軍隊とは理不尽な組織だった。
「あー、もー、最悪。くっさ、エルフくさ」
 スズカは行き場のない怒りを、メゼツとともに投げ入れられたアルフヘイムの捕虜2人にぶつけた。
「そういわずに、囚人同士仲良くせんか」
 そう言ってダート・スタンはスズカの尻をなでた。
 鳥肌を立てて、スズカはダートをけとばす。
「最悪。なんで私ばっかりこんな目に」
 変態エルフと同じ空気を吸うことすら耐えられないスズカは、ひとり黙々と崩されて埋まった横穴の土砂をほり始めた。
「無駄なことをするわね。さすが甲皇国人」
 もう一人の捕虜、ラビットがメガネをくいっと押し上げて、スズカの行為を冷笑する。ラビットは外から差す光を目指して、壁面をロッククライミングの要領で登り始めた。しかし、垂直の壁面を登り切ることは出来ず。半ばで力尽きて、降りてくる。
「無駄なことをするわね。さすがアルフヘイム人」
 スズカが横穴を堀りながら皮肉たっぷりに言う。サンリとメゼツがこの徒労に加わっていた。座して死を待つわけにはいかない。囚人に食べさせる食料のない台所事情を甲皇国人3人は知っていたからだ。

     

 アーミーキャンプを失陥したアルフヘイム軍は、再起をかけて馬頭平野に結集していた。
 馬頭平野はアーミーキャンプから森に隔てられて南にある東西に開いた平野で、南は海に面している。ほうほうのていで脱出したミカエル4世らは丘陵地帯から沢伝いに南下し、平野の北部から出て、東側に着陣していた亜人戦車部隊と合流した。
 逃げるだけでせいいっぱいだったため、司令部用の大天幕は用意できず、作戦会議は野外で開かれた。
 臨時とはいえ、簡易トイレの天幕の前に置かれたみじめな玉座にミカエル4世が座る。軍幹部たちが続々と集まり始め、ねぎらいの言葉がかけられた。
「フェアよ。よくぞこれだけの戦車を用意した。礼を言う」
 制帽の下の長い髪を黒いリボンで二つに結い、ブラウンの瞳に枯草色一色で統一された制服。手にはシンプルな黒いステッキ、エルフ耳をしているがアルフヘイム人ではない。フェア・ノートはSHWから魔力タンクの共同開発のために出向。自ら戦車部隊を率いるべくはせ参じた。ミカエル4世はSHWにも援軍を要請している。
 この場にふさわしくない甲殻類のようななりの亜人女戦士が、見知った顔をみつけてはしゃいでいる。
「おっさん、おっさんじゃないか」
「ガザミか」
 無精ひげの苦み走った顔のエルフ、亜人歩兵部隊を総括するキルク・ムゥシカが破顔する。キルクは戦時中ガザミを部下にしていたこともあり、その後もさまざまな戦場を共にした。
「おい、貴様。ゲオルクはどうした」
 ミカエル4世が二人の邂逅に水を差す。
「傭兵王ならこないぜ。アルフヘイムに手を貸すのはこりごりだとよ。でも他の国民は各々自分で決めろって言われてるから、アタシは戦うぜ」
 かんしゃくを起したミカエル4世を黒騎士がなだめる。
「ならば、傭兵どもは貴様にまかせる」
 黒騎士の指揮する亜人騎兵部隊にハイランド騎兵は組み込まれることになった。
 キルクは黒騎士を注意深く観察する。黒騎士は本名バニシュド・ムゥシカ、キルクの実の息子だった。過去形である。キルクは黒騎士が本当に息子か疑っている。禁断魔法に巻き込まれた後からか、ハチミツがどうとか「うんぼくわかった」だとか脈絡のないことを言い出し始めた。そもそも爆心地にいたはずなのに無傷で帰還している。アレは本当に息子なのか?
 さまざまな思惑が交錯する中、作戦会議が始まる。
 ミカエル4世は戦車部隊による中央突破を主張した。黒騎士、キルクは決戦を避け森に逃げ込み、小部隊に分かれての遊撃を主張。ミカエル4世は飛行船によるじゅうたん爆撃によって森を焼かれて、各個撃破されると意見した。
「すべての森を焼くのにじゅうたん爆撃では非効率。さらに資源を求める甲皇国が精霊樹を損傷する恐れがある方法をとるか」
 キルクの反論に対しミカエル4世は反駁する。
「しかし、森への転進をやすやすとゆるす甲皇国ではあるまい」
「私に良い考えがあります。コラウド、アレをやるぞ」
 黒騎士は傍らに控えていた縮れ毛の頭に赤いベレー帽を載せた男に声をかけた。無表情なその顔は見る人が見ればゲリラ戦の英雄に見えないこともない。
「うんぼくわかった」
 コラウドは簡易トイレの天幕の前に進み出るとおもむろに上着を脱ぎだした。腹にある同心円状の魔紋があらわとなる。
「ミカエル陛下。コラウドの姿を見てきっと驚かれることでしょう」
 一糸まとわぬ姿になったコラウドは尻の溝にタバコを挟みトイレに入っていった。
「驚くとはあの姿のことか」
 ミカエル4世は呆れている。
「いや、あれはコラウドが全裸になんないとトイレできないからで。でもトイレをするわけじゃなくて、あれも尻にタバコを挟むのも準備動作みたいなもので」
 支離滅裂に黒騎士は慌てて言葉を発する。
 尻丸出しにコラウドはトイレでハッスル。
(ここの鏡もぼくが映らない)
 銃声とガラスが割れたような音が響く。
「ご心配なく。あれはコラウドが鏡を割っているのです」
 ミカエル4世はだんだん頭が痛くなってきた。トイレから出てきたコラウドを見ると頭痛は収まった。恐怖のほうが勝ったがゆえに。なぜならばコラウドの姿は死んだ英雄そのものだったのだから。
「許してたもれ。許してたも」
 ミカエル4世は椅子から転げ落ちた。
(この取り乱しよう、やはりクラウス・サンティ暗殺の黒幕は……)
「うんぼくわかった」
「落ち着かれよ、我が君。コラウドは変装の達人です」
 クラウスの正体が変装したコラウドということを聞かされる。ミカエル4世は今更取り繕うが、腰が抜けてしまって立てない。
「陛下が本物と思い込むくらいですから、クラウスに戦場で辛酸を舐めさせられた甲皇国人どもはおびえて積極性を欠くでしょう。その間に森へ逃げ込むのです」
 結局、ミカエル4世は黒騎士の策を半分だけ採用した。すなわちクラウスに変装したコラウドによる中央突破。
(森へ逃げ込まないなら、クラウスに変装する意味はない。くそっ、これじゃ片手落ちだ)
 黒騎士は歯がみするしかなかった。
 陣容も決まり、軍幹部たちは部隊を率いて平野東部に着陣した。右翼を黒騎士率いる騎兵部隊、中央をコラウド(実際はフェア)率いる戦車部隊、右翼をキルク率いる歩兵部隊。
 敵の平野西部侵入を物見が報告する。
 敵は左翼に戦車部隊、右翼にゲル大佐率いる歩兵連隊。敵戦車部隊は突出し、亜人戦車部隊と先端を開く。
 一式竜戦車600機が上空から、魔力タンク700両に襲い来る。戦車という名前であるが、外見も中身も戦闘機のほうに近い。戦闘機と違うのは動力に生きた飛龍を使用していることだろう。
「総員、昼飯時の角度のまま前進!!」
 フェアは最大規模の戦車戦なのにまったく高揚感が沸かなかった。この戦いは必ず負ける。戦車はただでさえ上空からの攻撃に弱い。それなのに魔力タンクには上面装甲というものがなかった。フェアはなぜアルフヘイムにもSHWにも甲皇国程の科学力がないのかと悔やんだ。
 しかし客将の身分である以上、負けると分かっていても戦うしかない。フェアは戦車上面に防御魔法を展開するよう指示した。
 竜戦車が吐く炎に亜人戦車部隊は焼かれたが、距離が離れていたことと防御魔法により無効化された。
「よし、こらえた。対空射撃、撃てー!!!」
 魔力タンクの回転砲塔には後装式魔導砲が一門装備されているが、戦車砲と同じで上空に向けて撃つことができない。そこで戦車跨乗タンクデサント兵が上空に向けて一斉に矢を放つ。魔力タンクは操縦1名、砲手1名の他に戦車跨乗タンクデサント兵が3名同乗しているので、全部で2100本の矢が空を埋め尽くしたことになる。
 竜戦車はこれを避けて、上空に逃げる。そして射程外から懲りずに炎を浴びせた。やはり炎は防御魔法に阻まれたが、魔力タンクの足が止まる。
「どうした」
無限軌道キャタピラが、炎に狙い撃ちされています」
 唯一地面と接地している無限軌道キャタピラは防御魔法の外に露出している。そこから熱が伝わり故障の原因となっていた。
「バカな、無限軌道キャタピラだけを狙撃できるなんて。」
 敵の増援で軍用トラック1000両が到着し、随伴歩兵の機械兵0参型が続々と降車する。無機質な機械の兵士が動かなくなった魔力タンクに群がる。戦車跨乗タンクデサント兵が魔力タンクの上から矛を振るって奮戦するも、敵せず。あとは戦争とはいえず、一方的な虐殺となった。芋虫が蟻に解体されていくように、次々と魔力タンクが破壊されていく。残りはわずか5両のみ。そのどれもが無限軌道キャタピラをやられ、立ち往生している。勝負は決した。
 フェアの乗る魔力タンクにも機械兵がまとわりつく。無表情の機械兵が襲い掛かる。機械以上に表情のない男が背負った大剣まさよしを抜き、振り払った。同乗していたコラウドにフェアは礼を言う。コラウドは何も言わない。ただ黙って天を指さす。隊長機とおぼしき双発機が2人を狙っていた。

     

 二式竜戦車。双翼の下に動力となる二匹の飛龍を従えることにより、一式を上回る安定性と高い機動性を誇る。しかし動力となる骨大陸産の飛龍を2匹も使うことと重武装も相まって高コスト。そのため製造数は少なく、隊長機としてのみ運用されていた。
 コラウドとフェアを上空から狙う機体にも、甲皇国の軍幹部が乗っていた。エルフ特有の色素の薄い髪を後ろに流し、束ねて三つ編みにし、まばらなあごひげを生やしている。祖国アルフヘイムを裏切り、甲皇国の幹部となったヤーヒム・モツェピの姿がコクピットの中にあった。
 ロンド式爆撃照準器をのぞき込み、標準をつける。
「左右修正、右に3クリック。上下修正、下へ2クリック」
 自動でカウントダウンが開始される。
「5」
 カウントが0になれば翼の下に装備されている火箭かせんが発射され、魔力タンクは撃破されるだろう。
「4」
 ヤーヒムは何かに気付き、照準画面を最大望遠にする。
「3」
 そこに写っていたのは、クラウスに変装したコラウドの姿だった。
「2」
「クラウス将軍!?」
「1」
 火箭が発射される寸前でヤーヒムは標準を解除した。
「0」
 発射された火箭かせんは魔力タンクの左手前に着弾し、はでに炎上した。
 ヤーヒムはクラウスの顔を何度も確認し、すでに自分が術中にはまっているのではないかと疑心暗鬼に陥った。二式竜戦車は機体を旋回させ、ゲルの布陣する平野南西部を目指して飛んで行った。
 英雄クラウス・サンティが生きていたのだとしたら。甲皇国の戦略は根本から覆ってしまう。戦車戦には勝利したものの、ゲルに報告して善後策を練るべきだ。

     

「なぜ敵は追撃をせず引き返して行くのだろう?」
 フェアの疑問にコラウドは何も答えない。何かを受信するように北の空を見つめている。
(聞こえるか、コラウド。戦車戦の敗退により窮地に陥ったミカエル4世が私の策に飛びついてくれた。アレをやるぞ。すぐに準備しろ)
「うんぼくわかった」
 コラウドは無限軌道キャタピラのやられた魔力タンクの回転砲塔を指さし、次いで輜重しちょう用の駄馬を指さした。
「そっか、回転砲塔にロープをかけて駄馬にひかせるんだね」
 フェアは同じ釜の飯を食ううちに、コラウドの言わんとしていることがなんとなく理解できるようになっていた。ただのお飾り司令官という考えを改め、奇妙な信頼感さえ生まれつつあった。
 フェアはコラウドの通訳に徹し、敗残の戦車部隊をまとめあげた。そして指示通り駄馬10頭に引かせた現地仕様の魔力タンク5両を北へ向けて動かす。

     

 二式竜戦車が滑走路に着陸し、タラップからヤーヒムが降りる。ゲルにはすでに連絡がいっているはずだが、飛行場には出迎えもない。
 ゲルはヤーヒムに含むところがあるのだろう。70年間も戦争していた敵国の人間が亡命してすぐに信頼されるはずもない。同じ軍幹部とはいえ、先任は向こうだ。こちらから出向くのが礼儀だろう。


「ゲル大佐、ヤーヒムが来ましたよ」
 上司の感情は部下にうつるものらしい。階級の低い下士官すら影では呼び捨てである。
「ちっ、来たか。通せ」
 連隊司令部大天幕にてゲルにヤーヒムが報告する。
「クラウスが!?魔法のたぐいじゃないのか」
「そのような魔法は聞いたことがない。あれは間違いなくクラウス・サンティ本人だった」
 ゲルが最初に考えたことは恐怖でも驚きでもなく、疑惑だった。密かにヤーヒムの報告を録音した電子妖精ピクシーをトクサ邸に届くよう設定して放つ。
 しかし返信を待っているヒマはなかった。戦況が劇的に変化したからだ。
「大佐、敵に動きがありました。敵左翼歩兵部隊がゆっくりと後退し、中央戦車部隊残党と右翼騎兵部隊が別動隊を形成し北側に長く伸び始めました」
「鶴が翼を広げるように我が軍を包み込むこの形は、半包囲!!」
「それはあり得ない。兵数が少ないほうが多いほうを包囲するなんて」
 ヤーヒムは兵法の基本を述べて、ゲルをいさめようとしたが無駄だった。
「あのクラウスならばそれくらいのことはやるだろう。ヤーヒム、戦車部隊を率いて敵を逆包囲しろ」

     

 はるかに離れた甲皇国までの距離を電子妖精ピクシーは一瞬で飛翔する。
 郊外にひっそりと建つトクサ邸の門前で電子妖精ピクシーは止まり、猫用の通り道を通って秘密の地下室にやって来た。
 モニター画面が敷き詰められた異様な部屋で、神官風の格好をした緑の髪の男を前に電子妖精ピクシーは行儀よく敬礼して録音したデータを再生した。
 軍属であるのに軍服を着ていないのは、特殊技能を持った幹部の特徴である。トクサの特殊技能は読心術だった。声の調子から心を読むだとか、顔色から心を推し量るだとか、そんなチャチなものではない。トクサの正体は丙家監視部隊のさとりあやかしである。だから、録音の音声だけでヤーヒムが嘘を言っていないことはすぐわかった。
 しかしゲル大佐も疑り深い人だ。トクサはヤーヒムが亡命し、初めてクノッヘン皇帝の前に謁見した日のことを思い出した。トクサが心を読み、ヤーヒムの裏切りに虚偽なしと証言した日。それでもゲルは軍への入隊を反対した。するとヤーヒムは皇帝の前に一歩進み出ると、両の耳を自ら削ぎ落したのだ。エルフの誇りをいとも簡単に。
 トクサは返信を電子妖精ピクシーに託して放つともう別のことを考えていた。ビャクグンが大里に行っているが大丈夫だろうか。大里の風景が映る画面を注視した。

     

 馬頭平野を反時計回りの方向にアルフヘイム軍が広がっていく。甲皇国軍も負けじと時計回りに羽を伸ばす。あたかも2匹の鳥が翼を広げて競い合うように。兵数の少ないアルフヘイム側は中央がちぎれそうなほど薄くなっていたが、ヤーヒムは警戒して中央突破できずにいた。
 百日手かと思われた戦場に変化が起こる。ゆっくりと後退していたアルフヘイム軍左翼は戦場から離脱を開始したのだ。
「やられた。クラウスの狙いは包囲ではなく、本隊を安全に離脱させることだったのか。だが戦場に取り残された別動隊はどうする」
 黒騎士率いる右翼騎兵とコラウド率いる戦車残党は沢伝いに北上し落ち延びていった。
「おいおい、そちらは逆だろう。信じられん」
 退路を断たれたとはいえ、別動隊が敵地である北に向かったことを、ヤーヒムは痛快であると評した。血が騒いでいる。ヤーヒムはせめて自分の手で引導を渡そうと、別動隊を追った。

     

 別動隊は途中、甲皇国の後方拠点を押し通り、さらに敵中深く入り込む。脱落した魔力タンクを途中で遺棄し、戦車の乗員もすべて馬上の人となっていた。乗りつぶしては馬を代え、人も馬もそろそろ限界が近い。逃避行でへとへとの別動隊の中で、ただひとり黒騎士だけが大気炎を吐いている。
「小が大を包囲できるわけがない。私にも無理だし、さしものクラウス・サンティ本人ですら不可能だろう。しかし、奴らの頭の中に住んでいるクラウスは違う。甲皇国人どもは自分たちの作り出した妄想に負けたのだ。どうだこの戦術」
(戦術というよりかは、心理学の領分だ)
 またその話かとフェアはうんざりした。コラウドのように無用のことをしゃべらなければ、まだ格好もつくだろうに。
「俺たちヒザーニヤ4兄弟の父親、ジョゼロ・ヒザーニヤは行方不明なんだぜ。古代ミシュガルド文明の伝説上の国、神の千年樹帝国を探すと言って出て行ったきりだ」
 一族総出で参戦したハイランド騎士のジョッツ・ヒザーニヤも競って自慢話を始めた。思いのほか黒騎士が食いついている。それを横目にキルクはけげんな面持ち。
 ミカエル4世は亜人歩兵部隊を直接指揮し、黒騎士のお目付け役としてキルクを別動隊に編入していた。
 騎兵たちの中で最も異彩を放っているのが、大人の身長ほどの2足歩行する竜にまたがるガザミである。ガザミはプレーリードラゴンに乗るのは苦手だった。ならばなぜ乗るのかといえば、プレーリードラゴンのほうが乗ってくれとせがむのである。戦時中手傷を負わせた敵軍のプレーリードラゴンを哀れに思い、治療したところ息を吹き返し妙に懐かれてしまったらしい。
 プレーリードラゴンは鼻をひくつかせて、急にスピードを上げた。
「ガザミ、前に出すぎだ」
「あたしじゃなくてこの子が勝手に」

     

 狭い空間に4人が折り重なるように倒れている。土壁には「正一」の文字。ダイイングメッセージではない。「正」の文字は甲皇国で使われる文字で甲骨文字という。「正」はものを数えるときに使う字で「正一」は6の意味である。
 眼鏡のエルフがただひとり横穴を掘っている。大きな石に突き当たり、その下を掘っていた。外から遠ざかるように下に向かって掘り進む。もはや本人も何のために掘っているのか分からない。
 泥だらけの手を液体が濡らす。
「湧水? 地下水? 暖かい! 温泉!!」
 慌てて埋め戻そうとするラビットの手をスズカが起き上がって止める。
「埋めるなんてとんでもない。この枯れ井戸を温泉で満たせば、浮力で出られるじゃない」
 2人は残された力を惜しみなく使って、掘り続けた。この6日間で、確執なんざ吹き飛んでいた。人間至上主義だとか、エルフの誇りだとか、そういうものはどうでもいい。2人の願いはただ外に出たい、それだけだった。
 ダートも目を覚まし、ルパン脱ぎして温泉に飛び込んだ。
「はあ、極楽、極楽。さあ、ラビットちゃんもスズカちゃんも脱いで脱いで。服が濡れるじゃろ」
 ラビットとスズカは息ぴったりにダブルパンチ。ダートは再び眠りにつく。
 メゼツとサンリも加わる頃には、潜らなければ掘れないほどに温泉がたまりはじめた。もう掘らなくてもじきに井戸からあふれ出るだろう。後戻りできなくなってから、5人は井桁に鉄格子がはめ込まれていることに気づく。5人がかりで押したり引いたりするが、鉄格子を外す体力なんて誰も残ってはいなかった。
 ついに温泉が井戸からあふれ出す。5人はコイのように鉄格子の間から口を突き出す。必死に水面をパクパクする。スズカの耳に死別した愛竜リャーの鳴き声が届く。
「リャーリャー」
「リャー?」
 プレーリードラゴンが飼い主を助けようと鉄格子をガリガリとかむ。
 あきらめていた。死んでしまったと思っていた。生きていた。こんなところで死ねない。
 スズカは鉄格子を押す。リャーは鉄格子を引っ張る。主従を隔てる鉄格子が外れた。ひとりと1匹が再会を果たす。リャーはスズカの頬を愛おしそうになめた。
「プレーリードラゴンやーい」
 乗り物に置いてかれたガザミが、プレーリードラゴンに追いつく。キルクとフェア、コラウド、黒騎士、ヒザーニヤ4兄弟と続いた。
「アルフヘイム軍!! クラウス・サンティ!?」
 溺死寸前で井戸からせっかく脱出したのに、甲皇国の3人は敵軍に見つかってしまった。
「しまった、変装させたままだ。コラウド!」
「うんぼくわかった」
 コラウドは変装を解き、もとの縮れ毛のおじさんに戻った。
「おやおや、生きていたのか」
 黒騎士はダートとにらみ合う。
 メゼツは何が起こっているのかわからず、耳を傾けた。聞いたことのある声がいくつか交じっている。
「おい、ジョワン・ヒザーニヤ。お前なんで敵のほうにいる」
「驚いたな。4兄弟顔が同じなのに、よく俺がジョワンと見抜けたね」
「え、お前と同じ顔の奴がここにいるのか?」
 メゼツは目が見えなくてよかったと思った。ジョワンと同じ顔が並んでいる様子はちょっとしたホラーだ。
「ウンチダス、あんた目が……」
「ガザミ、お前もだ。なんで敵に回ってやがる」
「はあ? 傭兵ってのはな、金払いがいいほうにつくもんだ」
「それなら、こっちは全員分2倍の金額払ってやる」
 ヒザーニヤ4兄弟が顔を見合わせ、家族会議を始める。ジョワンが代表して結論を述べた。
「よし、乗った」
「契約違反だ。この裏切り者をどうする」
 黒騎士がキルクをじっと見ている。
 キルクとしてはヒザーニヤに弓を向けるしかなかった。

┏━━━━━━━┓
┃       ┃
┃>逃げる   ┃→12章へすすめ
┃       ┃
┃ 話し合う  ┃→14章へすすめ
┃       ┃
┃ 戦う    ┃→最終章 世界を救う3つめの方法 へすすめ
┃       ┃
┗━━━━━━━┛

       

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