Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
14章 節制の終わり

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 人の手が入らないはずの原生林から亜人と人間達のいさかいが聞こえる。
「話し合うじゃと!! 正気か」
 黒騎士率いるアルフヘイム騎兵隊と一時的にでも協力することに、ダートは強く反発した。
「あんたも黒騎士も同じアルフヘイム人だろ。なんで反対するんだ?」
「こやつをアルフヘイム人とは呼べぬ。アルフヘイムを隠れ蓑にする薄汚いテロリストじゃ」
 ダートの敵意丸出しの態度に、黒騎士は狂ったように笑った。
「はっはっは、アルフヘイムなんて国がどこにある? そんなものはとうに滅んださ。老人どもの膿のたまった目にはありもしない幻が映るとみえる。国という垣根が戦争を生むということも知らぬ愚物どもめ。その点我が組織エルカイダは国籍を一切問わない。エルカイダは種族の垣根さえ取り払う。だから君たちの共同戦線を張るのもやぶさかではない。」
 黒騎士ほど露骨ではないにせよ、甲皇国の版図となった森の中では取り残された者どうしが手を取り合うほか仕方がなかった。
 しかし70年も不仲だった種族どうしがすぐに打ち解けられるわけもなく、些細なことでも火種になる。
「あなたいい加減にリャーから降りなさい!」
 スズカがプレーリードラゴンからガザミを引きずり降ろそうとしている。
「リャーってプレーリードラゴンの名前か? もしかしてリャーリャー鳴くからリャーなのか? 甲皇国って安直だなあ」
「うっさいわね! プレーリードラゴンにプレーリドラゴンって名前つけるほうがよっぽど安直じゃない!!」
 深い森の中に2人の声が飲み込まれていく。
 リャーはかつての飼い主と今の飼い主、2人の飼い主が言い争うのを悲しい顔で見ている。
 いがみ合う飼い主に愛想を尽かせてしまったのかぷいと顔を背けると、森の奥へと走り去ってしまった。
 せっかく再会できた愛竜に追いていかれたスズカは血相変えてリャーを追う。ガザミも競うように追いかけた。
 勝手な単独行動は森の中で命とりになりかねない。メゼツと黒騎士は2人を追うということに関しては意見が一致した。
 獣道を切り開きながら、メゼツ一行は慎重に森を進む。
 積もる落ち葉が深くなり、目の見えないメゼツは足をとられることが多くなった。しかし一ヶ所に留まることは危険だ。メゼツたちは山がちな道を強行軍で通り抜けた。
 バネシダの新芽が拳を持ち上げている。甲皇国本国では化石か古い絵画の中でしか見ることができない植物だ。自分たちが危険な未開地の中で孤立していることを感じずにはいられなかった。
 よほど奥地に来てしまったのだろう。目の前に岩山がそびえたっている。上からスズカとガザミの声がやまびこに乗って響く。
「やった。あたしが一番最初に見つけたー」
「違うわ。この子リャーじゃない」
「って、ちょっと待て。ここ、プレーリードラゴンだらけじゃないか」
 2人の声をたどり、行きついた先は別天地だった。
 山が浮かび上がったのかと錯覚するほど巨大な竜が蒼空を遊弋ゆうよくしている。巨大な体に比して羽も手足も小さく、背の上の光輪で浮いているようだ。
「あの巨竜はハイドロエンドスター。アルフヘイムで見かけなくなったから絶滅したのかと思っていたけど、ミシュガルドに渡っていたのか」
 ひび割れた大地を流れる清流をプレーリードラゴンの群れが喉を鳴らし飲んでいる。
「どうして竜たちがこのあたりに集住してるのかしら」
 スズカの口をついて出た問に通りがかりの親切な竜人の少女が答えてくれた。
「それはね、未開の土地で不安だから自然に寄り添って暮らしてるのよ」
「竜たちの隠れ里ってわけだな」
 メゼツの声に青い髪の竜人少女は嫌悪感示す。
「男が話かけないで」
 声だけでウンチダスの体のメゼツを男と見抜いてしまったようだ。よほどの男嫌いらしい。
 男嫌いの竜人少女はメゼツを無視してスズカとばかり話している。
「あの竜人の女の子は何をしてるのかしら」
「あの娘はイココちゃん。リンクスドラゴンの雛と飛ぶ練習をしているの」
 竜たちの楽園を楽しんでいたスズカは見逃せない相手を発見して大声を上げた。
 岩を草枕にし、屈強な体を横たえる赤い竜人。
「小娘、俺の眠りをさまたげたのは貴様か」
「こいつは……」
 スズカはかつて自分に不覚をとらせた相手を見て、古傷の下で血液がふつふつと湧きかえるのを感じた。突き刺すような殺気を肌で感じたメゼツはスズカを止める。
「よせよ、何怒ってんのかしんねえけど」
 本来ならば真っ先に飛び出していきそうなメゼツに諭され、スズカは少しだけ冷静さを取り戻す。もしもメゼツが視力を失っていなかったら、妹の体を不具にしたレドフィンとすぐさま殺し合いになっていたことだろう。
「あなたこそ、なんで怒らないのよ。目の前に仇のレドフ……」
はばたきによる風圧が頭上から近づいていて来て、スズカの声をかき消す。やがて強風は止み、目の前から女の子の声が聞こえてきた。
「あーっ、お兄ちゃん、またケンカしてる!!」
 メゼツはスズカの話の続きよりも突然割って入った女の子の声に反応した。メルタよりも年上のしっかりとした声だが、確かにお兄ちゃんと聞こえた気がする。
「アーリナズか。ちっ、うるさいのが来たな」
 レドフィンを止めている女の子の言葉から兄妹であることがうかがえる。人の要素が少ない兄に比べ、アーリナズは年相応の女の子にしか見えない。ただ背から生えた翼としっぽ、両腕は赤い鱗に覆われて、竜の血が色濃く表れている。特に左手は肥大化して竜の頭部のような形状になっていた。手のようには使えないだろうが口を開くときらりと光る牙のようなものまで見えている。
 竜の隠れ里に驚き、赤き暴火竜におののき。一同が翻弄されているときに黒騎士はまったく別のことを考えていた。後ろから迫っているであろう追撃部隊のことについてだ。
 キャタピラの動かなくなった魔力タンク途中で遺棄するなど、すでに打てる手はすべて打っていた。それでもあと一手たりない。メゼツとの共同戦線もそこまで信用はしてはいない。もしここでレドフィンを仲間に引き入れることができれば、それは最後の一手になりうる。
 黒騎士は鎧のふところからオツベルグのサイン入りのタンバリンを取り出し、じいっと見つめる。
 オツベルグはアルフヘイムの敵国の人間だったが黒騎士は尊敬していた。オツベルグの博愛主義こそがをいまやエルカイダの支柱となっている。であればこそ、甲皇国出身のドン・たかし3世を仲間に引き入れることができた。国を超え人種を超えエルカイダは深い絆で結びついているのである。黒騎士には自信があった。いや、これはもう確信といって良い。レドフィンの手綱を握れるのは自分しかいないと。
 レドフィンが息を整えて少しは話を聞く体勢に入ったのを見越して、黒騎士が満を持して説得を試みる。
「聞け、偉大なる竜人族の末裔よ。我が名は黒騎士。今後のミシュガルドの命運を握る戦いに貴殿の力を貸せ」
 レドフィンはいまいましげに吐息を吐くと、ちろちろと牙の隙間から炎を漏らしながら傲然と否定した。
「答えは否だ。断じて否。エルフや他の亜人の都合で戦争するなんて、もうまっぴらだ。竜人族は竜人族のためだけに戦う。そのために今は隠れ里で静養する。万全の状態でなければあの男には勝てぬからな」
「なぜだ。亜骨大聖戦において貴殿はクラウス・サンティや傭兵王ゲオルク、ディオゴ・J・コルレオーネの求めには応じたじゃないか」
「黒騎士とか、言ったか。貴様のような人間がクラウスらと同列に扱ってもらおうなどと、笑止千万。ゲオルクは器のどでかい男だった。仲間たちを使命に駆り立てるまさに王の器だった。ディオゴは悲しみを湛えた男だった。闇と光の間を行き来する危うさがあったが、奴なりのルールを曲げたことは一度もなかった。敵ではあったが、あの男ユリウスも誇り高い一流の男だった。クラウスは……奴が死んで世界はもっとつまらなくなった。我を仲間にしたければ貴様らのような小粒ぞろいではダメだ。強い奴を……強い奴を連れてこい」
「強い奴ならここにいるぜ!」
 そう言い切る威勢のいい声は白くて小さいウンチダスの体から発せられていた。聞き違いかと落胆したレドフィンの顔めがけ、メゼツは頭突きのごあいさつ。
「小兵だが、その意気やよし」
「いちち、この石頭め」
 岩のような鱗に激突したメゼツの頭のほうが割れるように痛んだ。それでもメゼツは攻撃の手を緩めない。どこかに弱点がないか探るように足の指一本一本を丹念に蹴っていく。
 レドフィンはそれがこそばゆいのか、鋼鉄で補強されたしっぽを一振りする。たった一撃で跳ね飛ばされたメゼツは壊れたおもちゃのように動かなくなった。
「なんだ貴様。弱いではないか」
 座興にもならないとレドフィンは興味を失い、再び横たわった。
「俺は強い!」
 メゼツが立ち上がっている。
(ぬぅ、何だこいつは。弱いのにその自信はなんだ)
 レドフィンは少しお灸を据えてやろうと二本足で立って、炎の息をメゼツに向かって吹き下ろした。
 メゼツは炎を吸い込まないように息を止め、身を低くして炎が通り過ぎるまで耐え凌いだ。
(また立ち上がった! 弱いが耐久力だけはそれなりにあるのか?)
「貴様、強いのか弱いのかはっきりしろ」
 レドフィンはムキになって少し強めに爪を突き出した。メゼツは体をひねりかわしながら、レドフィンの右腕に飛び移った。叩き潰そうと左の爪を突き立てると、メゼツはコツをつかんだのかこれをかわす。勢いそのままにレドフィンの左の爪で右腕が引き裂かれる。レドフィンの力を利用したとはいえメゼツはようやく一矢報いることができた。
 弱いくせに強いと言い張るメゼツにレドフィンは困惑していた。そしてレドフィンなりの答えを考え付いていた。つまりこのウンチダスは今は弱いが、生物というのは成長する。こいつはいずれ本当に強くなるのかもしれない。
「そういうことなのか?」
「そういうことだ(俺は強い)」
「ならばあの弱っちい妹も、強くなる余地はあるのか」
 メゼツはこの竜人とは気があいそうな気がした。妹思いの奴に悪い奴はいない。
「信じろよ。お前の妹なんだろ」
「だが俺はあまり気が長いほうじゃない。貴様はすぐさま強くなれ」
 レドフィンは自分のトレーニングのアドバイザーでもあるラプソディを呼んだ。
 ラプソディは竜人ではあるが外見は人の血のほうが色濃くでていた。それでも竜の体に負けないほどの筋肉質な体を見せつけるように、上半身を強調するモストマスキュラーのポージングをしている。
 そしてメゼツに怪しげな白い粉を手渡した。
「HAHAHA、これを飲めば君もperfectbody!」
「これってもしかして」
「そうだね、プロテインだね」
 メゼツはプロテインを粉のまま直飲みして、むせながらレドフィンに啖呵を切った。
「ちょっと待ってろよ。今もっと強くなるからよ~」
「ふん。気が変わった。貴様について行ってやる。ただし手を貸すかどうかは貴様たちの行いを見て決める」

     

 甲皇国勢力圏内に逃げ込んだ黒騎士たちアルフヘイム騎兵部隊を追うべく、ヤーヒム・モツェピは戦車部隊を後方の補給拠点に結集していた。
 敵は満足に補給も受けられないが、自分たちは自陣で好きなだけ物資を得られる。そう思っていたが、あてが外れた。ヤーヒムは怒鳴らずにはいられなかった。
「補給は受けられないだと!」
 補給基地司令は悪びれもせず言う。
「あなたたちが追っていたアルフヘイムの豚どもが、糧食弾薬に火を放っていったらしくてな。悪いが自分たちの食い扶持ぐらい自分たちで確保してくれ」
「馬鹿な! 警備の者は何を見ていたんだ」
「馬鹿は貴様らだ。ここは後方で、絶対安全と聞いてきたんだぞ。それが貴様らが取り逃がしたせいで我が補給基地は甚大な被害を被った」
「戦場に絶対安全な場所なんてあるものか! 常在戦場という言葉を知らんのか!!」
「貴様がアルフヘイムの者を手引きしたんじゃないのか。アルフヘイムを裏切ったお前が今、また甲皇国を裏切らないとは限るまい」
 そういうことか。ヤーヒムは何かを悟り引き下がった。そもそもヤーヒムの部隊は竜戦車の搭乗員以外はほとんどが機械兵。誰もエルフの下には付きたくなかったからだ。補給基地司令の耳にもそういった類の讒言ざんげんがあったのだろう。
 今に始まったことじゃない。このようなことは覚悟していたはずだ。
 補給基地司令はヤーヒムたちが基地の周りで野営することすら許さず、けんもほろろに追い返した。
 補給が受けられない以上は早急にアルフヘイム騎兵隊を捕捉殲滅して甲皇国駐屯地に凱旋するほかない。ヤーヒムは遅れを取り戻すべく、斥候が逐一もたらす情報を頼りに黒騎士の足取りを追った。


 ミシュガルド各地の映像を映し出すモニタが敷き詰められた秘密の地下室で、トクサは思い出したようにヤーヒムの映るモニタを注視した。
 ヤーヒムの竜戦車部隊を遮るように往来の中央に魔力タンクが遺棄されている。竜戦車は生きた竜が動力なので飛んで素通りできるが、随伴する軍用トラックはそうはいかない。中をくまなく調べ、罠でないことが判明する。またもや無駄な時間をとられたことに歯がみしながら、ヤーヒムの部隊は遺棄された魔力タンクの横をすり抜けて行った。
「と、まあ、甲皇国内の差別に苦しんでいるようね。あなたがヤーヒムに二心なしと証言しているのに」
 別のモニタに映し出されたのは乙家を示す青い軍服を着たあどけない少女だった。サイドテールの邪魔にならないように軍帽を横にかぶっている。どう見てもローティーンにしか見えないが若さを保つ魔法をかけているだけで、ホロヴィズや現皇帝を小僧扱いするほどの年齢である。協力者である乙家の令嬢ミル・ミルリス・ハミルトンが丙家監視部隊のトクサに報告する。トクサの読心術の能力だけでも情報収集は十分なのだが、人間の立場や利益によってバイアスのかかった二次情報も時には必要になる。そんなときトクサは信頼のおける乙家の協力者に連絡を取った。
「信頼しているあなただから言うがヤーヒム・モツェピの真意はアルフヘイムの再生にあるのです」
「! それは甲皇国を欺いているということかしら」
「ハミルトン嬢、違うのです。ヤーヒムは甲皇国の力を借りて腐りきったアルフヘイム首脳部を取り払おうとしているのです」
「やだなあ、他人行儀すぎます。ミルミルと呼んでくださる? それはともかく、もはや外圧による外科手術でしかアルフヘイムの病巣は完治できないと。」
「うむ。ミルミル? 一つ頼まれてくれないだろうか。私には使命があってこの場を動けないが、あなただけでもヤーヒムに加勢していただけないだろうか」
「いいけど、それは丙家打倒のための布石?」
「いや、ただの気まぐれですよ。裏切り者にだってひとりぐらい味方がいてもいいじゃないか」


 ヤーヒムは困惑していた。再び魔力タンクが遺棄されていたからである。しかも今度は4台も。向こうも追いつかれまいとあせっているのか、道の真ん中ではなく両脇に2台ずつ放置されている。
「ふん、また時間稼ぎか。芸のない連中だ」
 ヤーヒムはわずかな斥候を調査のため留め、すぐさま黒騎士を追った。
 エルフの下に付かされていることにただでさえ不満な斥候たちは、ヤーヒムの後ろ姿がみえなくなるとすぐにサボりはじめる。
「おい、新入り。マジメにやるこたぁねー、機械兵にでもやらせておけよ」
 年季の入った軍装の古参兵が水筒のふたを開けながら、魔力タンクを背に腰を下ろす。
 初年兵はやる気がから回りぎみで、魔力タンクの中に乗り込み丁寧に物色している。ふと見ると、操縦席のシートの上に食べかけのアルフヘイムのパンが置き去りになっていた。
 後方拠点では何も食べさせてもらえないまま追い出された。初年兵は一度手に取ってしまった以上それを手放すことができない。きょろきょろと周りを確認すると、素早くほおばった。
 甲皇国軍支給品の固く毒々しいパンと違い、ふわふわとした焼きたてのような柔らかさ。亜人の奴らはこんなうまいものをなぜ無造作に置き捨てていったのか。亜人に対する怒りがこみ上げてくる。食べ物の恨みは恐ろしい。
 食べかけで放置したのなら、まだ近くにいるのでは。そこまで考えたところで、このパンが最後の晩餐となった。
 初年兵ののどに弓の弦が食い込んでいる。くぐもった声を上げると動かなくなった。
「おい、どうした!」
 異変に気が付いた古参兵は初年兵とは反対方向へと走る。休ませていた馬に飛び乗り、本隊に合流すべく駆けていく。
「まずい。逃がすな!」
 魔力タンクの中に隠れていたアルフヘイム兵がわらわらと飛び出し、投げ縄を打つ。背中に背負っていた銃に引っかかり、古参兵は絡め取られて落馬した。
 

 満足に補給も受けられないヤーヒムの竜戦車部隊の疲労はピークに達していた。敵も同じ境遇のはずと根比べしてきたが、もともと士気の低かった部下たちには限界だった。
 物見に出していた先遣隊がそんなヤーヒムたちに吉報をもたらす。戻って来た先遣隊の兵の顔は自然と緩み、話す前から良い情報だということが分かる。
「この先の峠に団子屋を発見しました」
 ヤーヒムは先遣隊が幻覚を見るほど疲労困憊なのかと思った。が、峠を登りきると確かに団子屋はそこにあった。
 藁ぶき屋根の東屋で、「狐屋」「創作団子」とか書かれたのぼりが立っている。こんな人気のないところで商売になるのだろうか。まるで狐につままれたような気分だ。
 あまりにもご都合主義的なタイミングで飲食店を見つける。怪し過ぎるが、ここで休憩しなければ反乱が起きかねない。ヤーヒムは隊列を整え、点呼を始めた。
「番号!」
「1」
「2」
「3」
「4」
……
「総員599名! 機械兵982名! 異常なし!!」
「斥候は魔力タンクの遺棄地点から戻っていないのか。よし、しばらく休憩とする。別命あるまでその場で待機せよ」


 ヤーヒムが代表となり団子屋ののれんをくぐると地味な藍染の着物の村娘が愛想よく挨拶した。
「いらっしゃいませー。一串300Vipだべ」
 一人で切り盛りしているところを見ると、この狐色の髪の村娘が店主らしい。胸のネームプレートにも狐屋店主カワイ・イノウと書かれている。ヤーヒムはイノウと交渉に入った。
「兵たちが腹を空かせている。団子を作れるだけ作ってくれないか。運ぶのは我々も手伝うから」
 イノウは快くうなずいて、赤い餅、青い餅、黄色の餅、黒い餅を千切っては丸め四つずつ串に刺していく。次々と団子はこしらえられていったが、それでも一人で599人分も作れるはずもなく、兵たちは一本の四色団子を串から外して4人で分け合って食べた。
 ヤーヒムの前に運ばれてきたのはソランの肥大した茎のように大きな緑色した団子だった。一口食べてみると蒸留酒のような強いアルコール臭が鼻から抜けていく。ただでさえ酒が嫌いなヤーヒムにはきつく、まどろみが襲ってきた。疲れているだけかと思ったがそうではない。体が重くなるほどに、むしろ頭は研ぎ澄まされていく。
 目の前に懐かしい森が広がっていく。ミシュガルドではない。故郷のアルフヘイムの森。次の瞬間森は焼け野原に変わる。ヤーヒムはかつて起こった禁断魔法を追体験していた。
 これは幻覚なのか。幻覚にしてはやけに生々しい。ここで場面が切り替わる。サブリミナルな手法で一瞬得体の知れないモノが解き放たれるイメージが頭の中に流れた。
 今度はミシュガルドのアルフヘイムアーミーキャンプが映っている。内部に侵入したウンチダスが跳ね橋を渡し、機甲兵が殺到する。ミハエル4世を玉座まで追い詰めると、再び禁断魔法は放たれた。戦争、禁断魔法、廃墟。まるで亜骨大聖戦を繰り返しているようだ。
(そうだったのか! 戦争後にミシュガルドが発見されたのは偶然ではない。禁断魔法がその引き金になっていたとしたら)
 目に映る像が次々ザッピングされていく。共通しているのはどの世界もすべてミシュガルドが滅ぶ未来という一点だけ。隕石で滅びることもあれば、精霊に憑かれた男によって滅ぼされる未来も見える。怪物によって広がる黒い海と押し寄せる黒い魔物たちによって大陸が洗い流されてしまうこともあった。像がぼやけていく。どこかで見たことがあるサングラスの男が「今立っているこの場所は一つの解釈に過ぎない」と世界はあらゆる可能性が並立していると説いている。
(バレンタイン譚? ダピカちゃん? いったい俺は何を見せられているんだ……)
 この団子屋のある峠一帯が戦場となり、ヤーヒムは光の十字架に押しつぶされて自分が死ぬところまで幻視したところで我に返った。
 追撃戦なぞしている場合ではない。さっき見たものが脳裏に焼き付いている。幻覚ですますことのできない説得力があった。ミシュガルドは、この世界は今滅びようとしている。
 しかし、自分が気づいたことには意味があるはずだ。皇国国にも、アルフヘイムにもコネがある自分になら滅びの道は回避できるかもしれない。
 ヤーヒムは自分の考えを部下たちだけには打ち明けようと、休憩中の兵に号令をかけた。
「点呼をとれ」
「番号」
「1」
「2」
「ウホッ!」
「4」
「5」
「ウホッ!」
「7」
「8」
「ウホッ!」
「10」
「11」
「ウホッ!」
「ウホッ!」
……
「男性兵士149名、女性兵士150名、フタナリ89名、ゴリラ211名、異常なし!」
「これはどういうことだ……団子か。あの団子に何か入っていたのか」
 ヤーヒムが団子屋の調理場に乗り込むと、イノウは運ぶのを手伝っていた部下に言い寄られていた。狐耳を垂らしながら弱り切っているイノウの手を部下が引っぱっている。まずいところを見られたと部下は青ざめた。ヤーヒムならば乱暴狼藉を許すまい。
「よし、そのまま押さえておけよ」
「ヤーヒム隊長、あんた話が分かるじゃないか。さぁ、嬢ちゃんこっちに来て俺たちに酌してくれよ。あっ」
「どうした。なぜ手を放す」
「こいつちんちんついてますよ」
 イノウはわざとらしくとぼけて見せる。
「団子じゃと思ったら男根だったけ」
 すっかり萎えてしまった部下は調理場からしょんぼりと去っていった。
 ヤーヒムは気を取り直して問い詰める。
「この団子は何だ。私が見たものは一体何なんだ」
「そっただこと言っても団子は団子だけど」
「あくまでシラを切る気か。それならば、今作っている団子を自分で食べてみるがいい」
「オ、オラ団子よりも大福のほうが好きだなー、なんて」
 ヤーヒムの険しい顔を見て言い逃れできないと悟ったイノウは、一転して白状し始めた。
「この四色団子は赤い団子を食べると女の子、青い団子を食べると男の子、黄色の団子を食べるとフタナリ、黒い団子を食べるとおいしくて強くなる(ゴリラ化)。あんさんが食べたほうの団子は未来予知ができるようになる団子。だども悪気はなかったずら。ただ新作団子を試してみたかったんだべ」
 未来予知という言葉を聞いてヤーヒムはこんなことをしている場合ではないことを思い出し、イノウを離してやった。
「一つだけ忠告しておいてやろう。ここはもうすぐ戦場になる。店をたたんで逃げたほうがいい」
「それじゃ、オラも一つ忠告しとくべ。あんさんの未来予知はだれも信じちゃくれないずら」

     

 黒騎士の騎兵部隊が休憩中の竜戦車部隊に襲いかかった。奇襲のはずが未来予知によって読み切っていたヤーヒムはすぐにこれに対応する。
「馬鹿な。反攻に転じることが読まれていたというのか。竜人部隊は……竜人部隊は何をしている!」
 黒騎士がレドフィンを怒鳴りつける。
「貴様の指図は受けん」
「くそがー! これでは私の完璧な作戦が」
 黒騎士の目の前にゴリラの群れと機械兵の集団が殺到し乱戦となる。
「ウホー!」
「ウホウホ!!」
「ウホッホ!!!」
「あー、もーめちゃくちゃだよぉ」
 そのとき一本の矢がゴリラの眉間を射抜いた。さらに矢継ぎ早にキルクはゴリラを射止めていく。
(ここで黒騎士を助けて良かったのか? しかし捨てておくわけにもゆくまい)
 ゴリラのゲリラ部隊が壊滅するのをつぶさに見ていた機械兵は学習して木々に隠れながら接近する。
 キルクは構わずに放射状に連続して矢を放った。
「ヒザーニャ!」
 キルクの掛け声に従い、ヒザーニャ4兄弟がそれぞれ矢の先に向かって駆けていく。矢はヒザーニャたちの膝めがけて自動追尾してくる。ヒザーニャとそれを追う矢が木々を縫って機械兵近づく。矢はヒザーニャの膝もろともに機械兵を貫いた。
 黒騎士の騎兵隊は持ち直したかに見えたが、このタイミングでヤーヒムのもとに援軍がはせ参じた。
「ミルはただ魔法を極めたいだけです。この力を争いに使う気はありません」
 ミルミルは自分の背丈よりも大きな暴火竜剣レッドファングを一振りすると火災旋風が巻き起こり黒騎士の騎兵隊を壊乱させた。
「み、ミネウチだから」
 戦いを傍観していたレドフィンは暴火竜剣レッドファングの素材がかつてユリウスに切り落とされたみずからの尻尾であることを見抜いた。
「ミルとやら。我が尻尾をおもちゃにしおって、許せぬ」
「うそっ、本物。でもほら尻尾ならまた生えてくるかもしれないし、ドンマイ!」
「貴様ー! 俺を下等なとかげと蔑むか!! 生かして返さぬ!!! 竜人部隊出陣!!!!」
 レドフィンの口から超高温の炎が照射される。メゼツに向けて放ったものとは比べ物にならない本気の熱量だ。
 ミルミルは暴火竜剣レッドファングに自分の最大出力の魔力を注ぎ込み、迫る炎に向けて振り上げた。上に向かって流れる炎の障壁が出来上がり、レドフィンの攻撃を防ぐ。
 しんどくなってきたレドフィンは傍らの半竜型の竜人サンバジ・エンゼホラに不平をもらす。
「サンバジ、貴様一人だけ楽をするんじゃない!」
「私は肉体労働は苦手なんだが、しかたない」
 サンバジが詠唱すると光る魔法陣の中から、水をまとったクジラが出現する。一匹二匹と増えていくクジラはミルミルの炎の壁を見る見るうちに食べてしまった。
「肉体労働は苦手だが、魔法は別でね」
 自分の嫌いな水の魔法により穴だらけにされてしまったミルミルの炎の壁が崩壊していく。
 遮る物のなくなった荒れ狂う炎が機械兵部隊を溶かしてしまった。
 すっきりしたレドフィンは大空に羽ばたくと次の狙いを竜戦車部隊に搾る。
「甲皇国の軟弱な飛龍どもめ! 人間なんぞに使われおって!!」
 レドフィンの一喝に縮み上がった竜戦車は、操縦不能に陥り散り散りに逃げ始めた。混乱して自らのコクピットを食い破る有様だ。
「男どもは死ねー」
 マリディシアが尻尾からばらまく毒ガスによって敵味方が倒れていく。
「これはエルフさんたちのためだから。砲火竜の竜火砲アーリー・ブラストッ!」
 アーリナズの左腕から高密度の熱光線が発射される。
「かかってらっしゃい! 全力でぶっ潰してあげるわ」
 リー・テンユーが得意の雷魔法と武術で敵をなぎ倒していく。


「もはやこれまでか。皆の者聞いてくれ。もし生き延びることがあったならば、誰にでもいい。私の言葉を伝えてくれ。このミシュガルドは今滅びの危機に瀕している。アルフヘイムと争っている場合ではないんだ。戦争を誘導し、禁断魔法を利用し、ミシュガルドを出現させた黒幕がいる。その黒幕は邪神を復活させこの世界を滅ぼさんとしている」
 ヤーヒムの言葉は部下たちには響かなかった。
 部下たちはやはり裏切り者かと、負けがこみすぎて隊長は狂ってしまったのかと、さんざん悪罵を投げかけてヤーヒムを置いて落ち延びていった。
「ヤーヒム! 今の話は本当なのですね」
「ああ、ハミルトン嬢。あなたの口から出た言葉なら皆も信用するかもしれない。飛翔魔法であなただけでも脱出を」
「あなたはまさか!」
「私とて無駄死にする気はありません。敵を食い止めてから脱出します。あとで合流しましょう」
 ミルミルはヤーヒムの言葉を酌んで戦線離脱した。
 ヤーヒムのもとに残ったのはわずかな機械兵のみ。黒騎士の騎兵隊にじりじりと押し込まれ、魔力タンクの遺棄地点まで押し戻されてしまった。
 シャーン、シャーン、シャーン。
 タンバリンの合図で魔力タンクに待機していた亜人兵たちが配置につく。
 タンバリンを鳴らし気をよくした黒騎士が得意満面で説明する。
「最初の魔力タンクは空だったが、次の4台には伏兵を潜ませていた。その兵を空の魔力タンクにも移動させ、今貴様を三方から狙っている」
 5台の魔力タンクの砲塔が回転し、ヤーヒムに狙いを定める。正面からはレドフィンが紅炎を吐こうとしている。逃げ場はない。
「しまった。ここが十字砲火点クロスファイアポイントだ」
 ヤーヒムの脳裏に光の十字架がよぎる。


 爆音は遠く離れた団子屋まで届いた。
「終わりましたね」
 緋毛氈の腰掛に座り黒いフードを目深に被った男が茶をすすっている。隣に座るイノウは団子を食べる手を止め、申し訳なさそうな顔をした。
「あのヤーヒムって人、悪い人じゃなかったべ。銭っ子もらったからオラあんたを手伝ったけど」
「しかたないんですよ。あのヤーヒムは第六感が鋭すぎる。団子なしでもいずれ真実にたどり着いていたでしょう。好奇心は猫を殺す。これが知りすぎた男の末路です」
 イノウはまた一口団子を食べた。
「後味悪いべ」


 ヤーヒムの追撃部隊を撃破した竜人たちは再び竜の隠れ里に去って行った。
 そしてまたダートも別行動を取りたいと言う。
「今回戦いを間近に見て思うところがあってのう。なぜクラウスやユリウスがあれほどまでに兵たちの心を引き付けたのか今なら分かるんじゃ。安全で暖かい司令部の中から兵を死地に送り込む指揮官を、兵たちが好むはずがない。クラウスもユリウスも兵と戦場で苦楽を共にしていた。兵たちがどちらの指揮官を信頼するか明白じゃな。わしも戦場に立たなければ」
 メゼツはダートの年寄りの冷や水をたしなめる。
「じじい無理すんな」
「なんの、なんの。ワシの戦場は外交じゃよ。今ならば優位に講和できるはずじゃて」
「それじゃあ、俺が護衛してやるぜ!」
「護衛は不要」
「甲皇国を甘く見ないほうがいい。あんた死ぬぞ」
「ワシの白髪首ひとつでことが収まるならそれもよかろ」
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┃>ダートにまかせる ┃→15章へすすめ
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┃ 密かに護衛する  ┃→16章へすすめ
┃          ┃
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表紙

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Neetsha