Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
20章 最後の審判

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 ミシュガルドの開拓は進み、3大国の軋轢あつれきも解消し始めている。地図の中の空白は埋まり、アーティファクトは取りつくされていた。謎多き大陸も今となってはただの観光地。
「まったく、心躍らせるようなことは何もない。僕の灰色の脳細胞が退屈で死滅してしまいそうだよ」
 鹿撃ち帽を顔の隠れるほど深くかぶった男がロッキングチェアに揺られている。行儀悪く机の上に投げ出された足を組み、読んでいた新聞をくしゃくしゃと丸めてくずかごに投げ入れた。くずかごのふちに当たって跳ね返る。
 妖怪帰りたいおじさんは言語学者だった。行方不明のアンローム博士、森で救出―――見出しの一番大きな記事は丸まってしまってこれ以上読めない。ただ、また一つ大きな謎が減ってしまったことは確かだ。
 机に置いたままの火種の残っているパイプに、胸ポケットから取り出した薬包紙の粉末を継ぎ足す。男はパイプをくわえ、緑色の粉末をいぶす煙を吸い込んだ。
 器用に口で煙の輪を作り、吐き出す。輪は昇天しながら広がっていく。事務所の天井いっぱいに。
 小さな探偵事務所だから、すぐに臭いに気づいて助手の熱血漢がやって来た。
「何やってるんですか、レイト先生。それ違法薬物のワサビの粉じゃないですか!」
「いや、これは。エドマチでは合法なドラッグなんだ、ヒザーニヤ君」
 鹿撃ち帽をずり上げて、シャーロック・レイトは焦点の合わない目をヒザーニヤに向ける。あまりの剣幕にパイプを落としてしまった。
 床にばらまかれたワサビの粉を名残惜しそうに見ていると、うっかりよだれが垂れそうになる。
「日がな一日、何をほうけているんです?」
 ヒザーニヤはこんな名探偵の姿は見たくなかった。傭兵の仕事も少なくなった昨今、探偵の助手という仕事にやっとのことでありつけた。それなのに傭兵のころより仕事は少ない。
「そんなこと言ったって、謎がなければ探偵はヒマだよ。なら、君は悲惨な事件が起きることを望むのかい?」
 先ほどまでのとろけるような顔がうそのように、レイトはしっかりとした言葉で話している。
 ヒザーニヤが言い淀んでいると、もう一人の助手が事務所に朗報持って飛び込んだ。
「たいへん、たーいへーん!!」
 依頼がこなさすぎて、仕事がきたこと自体大変なことなのだった。
 色づくイチョウのような髪振り乱し、ボ-イッシュな女の子が待ちに待った仕事の依頼を持ち帰る。もうひとりの助手ハナバだ。
 ハナバの本職は甲皇国の丙家の監視であるが、表立って情報を集めたり偵察するのに都合がいい探偵助手を副業としている。
 ハナバは依頼者からの手紙をレイトに手渡す。蜜蝋で厳重に封がされ、封筒の宛名は一躍時の人となったアンローム博士からと書かれていた。
 レイトは目を輝かせて、アンローム博士の手紙を読んだ。
「アンローム博士は3年間をミシュガルドの秘境ですごして得た情報を開示するつもりだ。博士の情報と僕の推理力があれば、解けるかもしれない。ミシュガルドの謎、実に面白い」 すぐさまレイトは関係者を集めるよう二人の助手に手配した。


 メゼツとうんちはレイトに呼びつけられて、小さな探偵事務所にやって来た。レイトとは面識がないし、メゼツはミシュガルドの謎についての情報なんて何も知らない。レイトのことを知っているかとうんちに尋ねると、有名な探偵であることを教えてくれた。が、うんちも会ったことはないらしい。何のために呼ばれたのか謎だ。
 事務所の入り口に立っていた男に話しかけると中へ通してくれた。体を鍛えているようで、メゼツと同じくあまり頭脳労働が得意なタイプには見えない。この男は探偵シャーロック・レイトではなさそうだ。
 中に入るとせまい事務所がより狭く感じるほど人が集まっていた。ミシュガルド大陸の第一発見者、キャプテン・セレブハート。測量士のメルカトル・モーメント。白兎族の王子、セキーネ・シルヴァンニアン。黒兎族のマフィア、ディオゴ・コルレオーネ。言語学者ハルドゥ・アンロームの傍らにはなぜかゼトセがいる。知っている顔もちらほらあるが、ほとんどが研究者のようだ。どうにも場違いな気がする。
「ついにみつけたよ!」
 振り返えると古地図を抱えた女の子が入口から入ってきた。
 パーカーにアシンメトリーなショートカット。活発そうな少女だ。古地図以外にも資料を集めているところを見ると、下調べをしている助手かも知れない。
 とすると、少女が地図を手渡した鹿撃ち帽の男が探偵なのだろう。メゼツは目星をつけるとレイトに詰め寄った。
「おい、探偵! 俺は捕まるような悪いことは何もやっちゃいねーぜ」
 メゼツは探偵の仕事をあまりよく知らない。警察の親戚みたいなものぐらいの認識だ。
 それを見抜いたレイトはメゼツでも分かるようにかみ砕いて説明する。
「別に犯人捜しをするわけじゃない。私が今回解くのは、ミシュガルドそのものの謎!!」
 だが、あるいは犯人捜しとも言えるかも知れない。レイトはそう心の中で付け足した。今それを言ったところでかえって混乱を招くだけだろう。
 レイトは円卓に集った客人たちの顔を眺めて言い放った。
「私がここに集めたのは容疑者ではなく重要参考人のほうだ。包み隠さず話してもらいます」
 レイトが最初に質問したのは、依頼人であるハルドゥ・アンローム博士に対してだった。
「このたび博士がミシュガルドの謎を解くことを依頼された理由をお聞かせください」
 ぼさぼさだった白髪頭を整えSHWの正装である背広を着ているが、長い秘境での生活の跡は隠しきれていない。ずいぶん印象が変わってしまったが、前に会ったような気がする。
 ハルドゥは円卓に手をついて立ち上がり、レイトの問いに答えた。
「私は長年バージェス海峡でたびたび発見される本の化石について調査してきました。これは古代ミシュガルド人が書き残した文献が化石化したものです」
 ハルドゥは手のひらほどの大きさの石板を内ポケットから取り出す。胸ポケットから取り出したノミと木づちを使って、石板の側面に切れ込みを入れると、薄く割れた断面には古代ミシュガルド文字がびっしりと書かれていた。本の化石の調査方法を分かりやすく実演しながら、ハルドゥは話し続ける。
「研究者というのは自分の研究が世間のためになるから研究を続けているわけではありません。ただただ研究が楽しいから続けているのです。ですがミシュガルド聖典という文書を解読したとき、私は初めて自分の研究に疑問を抱きました」
「戦中に私の研究が悪用された結果、禁断魔法への扉が開かれました。娘を危険にさらし、娘の恩人を身代わりにしてしまった」という言葉で、ようやくメゼツはこのくたびれた男がかつて助けたハレリアの父親であることを思い出した。
「私がミシュガルド聖典を解読してしまったことで状況は一変してしまった。私は自分の研究成果を悪用されることを恐れ、戦後ミシュガルド大陸へひとりで渡り身を隠していたのですが……。3年間も遭難したことは無駄ではなかった。私はようやく自分と向き合い、研究成果を公表することを決意しました。娘も自らの身を守れるほどに強く育ってくれたから」
 ハルドゥは守るように立っている銀鼠色した髪の乙女と目を合わせた。
 レイトはハルドゥの答えに満足してうなづき、いよいよミシュガルド聖典の話題となって前のめりになった。
「まずは古代ミシュガルド人とは何者であったかをお話ししましょう」
 アルフヘイムの主要人種たるエルフたちは、自分たちこそ古代ミシュガルド人の末裔と自称している。
 甲皇国の人間たちはエルフの発祥を古代ミシュガルド文明時代と比定し、古代ミシュガルド人とエルフのつながりを否定した。古代ミシュガルドの科学技術をサルベージした自分たち甲皇国こそ後継国家に相応しいと反論している。
 人種の問題はデリケートであり、おそらく真実が明かされたとしても受け入れられない者が多いことは明白だった。それ以上に真実を知ったハルドゥが口をつぐんだのは、自分たちの生命が仕組まれたものであったためだ。
 かつて古代ミシュガルド人は機械と魔法による高度な文明を築いていた。その莫大なエネルギーは精霊樹から供給される魔素マナによって賄われていた。
 古代ミシュガルド文明の末期、魔法や科学の進歩と人口の増加によりさらに多くのエネルギーが必要になる。精霊樹は千年かけて成長するためすぐに増やせず、ほかのエネルギー源が必要となった。そこで精霊樹と古代ミシュガルド人の遺伝子を組み替えることによって、短命で世代交代が早い魔素マナ供給生物を作り出そうとした。
 最初に生まれたのが我々がエルフと呼んでいる種族だ。この種族は精霊樹ほどではないにせよ平均的に魔素マナが多く、まれに極端に魔素マナの多い精霊樹の巫女という個体を産むことがある。しかし寿命が長く、性欲は低い。繁殖に難のあるエルフは出来損ないだった。
 エルフに精霊樹をかけ合わせてできたのがウッドピクス族であり、古代ミシュガルド人とエルフを交雑してできたのがエンジェルエルフ族だ。古代ミシュガルド人は繁殖力旺盛な種族を得るために、兎、コウモリ、熊、魚、甲殻類、軟体生物、ありとあらゆる生物との雑種を作り出した。それが亜人と総称されている種族だ。
 最も注目されたのは兎の亜人種、兎人族だった。魔素マナの量は普通だったが極めて性欲が強い。魔素マナの供給源として有力視されたが、身体能力が高く反抗精神が強かったため家畜化は難しかった。
 古代ミシュガルド人はとりつかれたように創造を繰り返し、生命の尊厳をおもちゃにした。魂を持たない操り人形のような人種や職人人のような有用な副産物も生み出したが、倫理上の問題も多く生み出した。
 いくたびか寿命の短い種族をかけ合わせて、ついに魔素マナの供給者として最適の生物を得た。それが人間と呼ばれる種族だ。
 人間はエルフよりも亜人よりも平均的な魔素マナの少ない種族で、まれにまったく魔素マナを持たない個体を産むことさえあった。しかしエルフよりも寿命は短く、亜人よりも虚弱だ。従順な性格も群れを作る習性も年中発情期な点も家畜に適していた。


 これまで静かに耳をそばだてて聞いていた客人たちが、大きな声を上げた。
「エルフが出来損ないだって!? そんなことはない!!」
「兎人の性欲が強いだって!?」
「いや、それは正しいだろ」
「人間が弱いだと!?」
「家畜!? 我々の生命はいたずらに生み出されたというのか」
 やはりこのような反応になったかとハルドゥは落胆した。ハゥドゥ自身もこの事実を知ったときには容易に受け入れることはできなかった。落ち着いて話ができるまではしばらくかかるだろう。
 古代ミシュガルド人の正体とは創造主。古代ミシュガルド人こそ惑星ニーテリアの正統な継承者であり、万物の霊長。エルフにしろ、亜人にしろ、人間にしろ、古代ミシュガルド人よってに生み出された家畜にすぎない。
 レイトはこれを裏付ける証拠としてゴドゥン教の神話に同じような事実が書かれていることを上げ、メゼツに同意を求めた。
「ゴドゥン教ではウンチダスはもともと創造神の一柱であると言われています。ウンチダスさん、あなたも証言してください」
「いや俺メゼツだから、知らねーし。ウンチダスに憑依して、体借りてるだけだし」
「甲皇国のメゼツ!」
 アルフヘイム出身の客人はざわめいている。それ以上にハルドゥとゼトセの動揺は激しい。
「へ? 言ってなかったっけ」
 ハルドゥは頭を抱えうなだれ、謝罪の言葉を繰り返す。メゼツはあまりきにしていなかったので、それよりもゼトセがかつて助けたハルドゥの娘ハレリアだと聞かされたことのほうに驚いていた。
 ゼトセは申し訳なさそうにハルドゥの隣に立ち、悲痛な面持ちで目を伏せている。
 メゼツははぐらかそうと強引に話題を戻した。
「ところでミシュガルドの謎とやらはどうなったんだ……ミシュガルドってのは結局、島なのか、大陸なのか!?」
 メゼツはかつてミシュガルドの謎をキャプテン・セレブハートに聞いたことがある。第一発見者であるはずのセレブハートもミシュガルドの謎については知らなかった。 ただ、ミシュガルド大陸のことをセレブハート島と言い張っていた。
「良い質問だ!!」
 うれしそうにレイトがメゼツの肩を叩いた。
 生まれる前からずっと続いてきた戦争の原因こそミシュガルド大陸であるとレイトは教えた。戦争初期のミシュガルドは海面から顔を出した一本の精霊樹にすぎず、70年もの戦乱と一千万とも二千万とも言われる犠牲はすべてここから始まった。それが亜骨大聖戦だ。
 ミシュガルドとはなんだったのか。メゼツなりにずっと考え続けていたが、初めて納得のいく回答を得られるかも知れない。
 各国の元首たちはミシュガルドに関する情報を隠匿していた。精霊樹という宝を独占するために。戦後キャプテン・セレブハートが再発見したとき、ミシュガルドの周囲を半日で回れるほどの大きさでしかなかった。
「確かにあれは島だった」
 列席していたセレブハートは証言し、そこからレイトは答えを導き出した。
「つまりミシュガルドは成長している」
 奇抜な推理にメルカトルがお墨付きを与える。
「測るたびに数値が変わって、私は大陸の測量を断念したんだ。成長しているとすると辻褄が合う」
 レイトはミシュガルド大陸の成長とハルドゥの研究成果からミシュガルドが邪神を封印するための装置であると結論付けた。
 発達した文明をもっていた古代ミシュガルド人さえ戦争を根絶させることは叶わなかった。そこでミシュガルド人は機械と魔法で人工の神を作り出した。機械の神はミシュガルド人の調停者となったが、その裁きはあまりに厳しすぎた。陸地を一夜で海に沈められたのを見て、ミシュガルド人は機械の神を邪神として樹齢千年をまっとうした精霊樹である千年樹の力で封印し、ミシュガルド大陸ごと海底深くに沈めた。
 邪神は千年樹に魔素マナを吸われ続け、このまま弱体化していくハズだった。
 戦争の種を蒔き、千年樹を枯死させようと禁断魔法の扉は開かれた。これは偶然ではない。封印されている邪神の手足として暗躍している者たちがいる。
「僕はこの者たちをトリガーとかNPCと呼んでいる。トリガーの特徴は人間とよく似ているが同じ言葉を繰り返すこと。トリガーを追っていけば何かつかめるかも知れない。誰か心当たりはないだろうか」
 メゼツは今まで出会ってきた人を思い返して、戦時中「御意」という言葉を繰り返すだけだった軍人を思い出した。
「確かヴァルグランデといったな、あいつじゃねーか?」
 セキーネは別の候補を挙げた。
「高級娼婦のサーシャ・グラバスは私ともふもふしているとき気持ちいいとしか言わないからトリガーかも知れないな」
「いや、お前。それはただのリップサービスだろ」
 呆れて顔でディオゴがつっこむ。
 どちらがサーシャを喜ばせるテクニシャンかセキーネとディオゴが火花を散らしている横で、世紀の大発見でもしたようにメゼツは言った。
「わかったかも!!」

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