Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語 ~ラディアータ~
忍び寄る悲劇の前で……

見開き   最大化      

~8~

 ダニィとモニーク……2人を乗せた馬車は
今ようやく黒兎人族たちの居る洞窟を出てアドルフ山道を抜けようとしていた。
旅行において、馬車での旅行は欠かせない。なにせ、元は夜行性である
黒兎人族において日中の移動は夜間に比べると体力を消耗するものである。
なにせ月光に慣れた彼らにとって日光はかなりの暑さを感じさせるものだ。
そのため、昼間は睡眠をとる必要がある。故に、馬車には新郎新婦用の1台と、
御者用の1台(新郎新婦用に比べて随分と小さい)が連結している。

「ドナウ山脈まであと1日で到着だ……それまで月日に照らされた美しいアルフヘイムの大地を
堪能しよう」

そう言うと、ダニィはモニークに微笑みかけた。

「……うん、そうだね」

浮かない顔をしていたモニークの返事にダニィは少し戸惑った。
やはり、ディオゴのことを引きずっているのだろうか。

「……義兄さんのことかい?」

「…え?」

「顔がそう言ってるよ‥…モニーク」

ディオゴ程ではないが ダニィとてモニークの表情から何を考えているのかぐらいは読み取れる。
恋人であることもそうだが何より5年間、共に過ごしてきた幼馴染なのだ。
ダニィにとってもモニークは血の繋がりこそ無くても妹のような存在だ。

「…………うん」

「……義兄さんのことが心配かい?」

「………うん……お兄ちゃん、すごく辛そうだったから」

「……どこの家の兄も妹が結婚したら寂しいんだろうさ…」

「………そうであって欲しいな……」

「……なんか……お兄ちゃんを置き去りにして私だけ幸せになっちゃったみたいで……」


モニークの言葉を聞いたダニィは、彼女が義兄ディオゴの内に秘められた愛情を理解してると悟った。
モニークも兄が自分に向けている表情に潜む意味を理解していない筈などなかった。
馬車に乗り込む寸前に、切実に自分を見送るディオゴの哀しみに溢れた……
清らかに澄んだ瞳にモニークは、兄が自分を女性として愛してくれていたのだと感じた。
生まれた時からいつでも兄とは一緒だった。兄が自分を護ってくれた。
その兄の背中を少しでも男性として魅力的だと、モニークも感じなかったわけではない。
だが、モニークは恋人としてダニィを愛したのだ。

「モニーク……僕よりもお兄さんの方が男性として……大切かい?」
突如として問いかけられた質問にモニークは絶句した。
ダニィの目は兄への愛情を振り切れないモニークへの哀しみが
少し募っているように見えた。

「……何を言ってるの?」

ダニィの問いに思わず、モニークの目から涙が溢れた。
まるで、兄への愛か、恋人への愛か、どちらも棄てきれない自分の愛を
否定されたように感じた。

「……どちらが大切かなんて答えられるわけない……選べる筈なんかないよ……!
お兄ちゃんも ダニィも……私にとって大切な男性だよ……
ただ、役割が違うだけだよ……」

どちらも同じぐらい大切だと言い切る撫でるモニークの瞳からは
澄んだ真心の涙が流れていた。

「……そうか……ごめんな……モニーク……非道いこと聞いて……本当に……ごめんな」

ダニィとていたずらに彼女の感情を逆撫でするために、こんな質問をしたわけではない。
ダニィはただ不安だった……。

モニークにとって自分が愛されるに足る男性なのかと。ずっとずっと悩んでいた。


(ディオゴ義兄さん……音楽好きで家に篭ることが多かった自分に
釣りを教え 山登りを教え 水泳を教えてくれた義兄さん……
父を亡くし哀しみのどん底に居た自分を、血のつながりなど無いのに
実の弟のように面倒を見てくれた義兄さん……
甲皇国との戦争のために、今の自分と同じ14歳で軍隊に入り、
お国のために戦うと告げ、コルレオーネ村を出て行った義兄さん……
4年間も軍隊で立派に戦って 軍曹になって帰ってきた義兄さん……
そんな偉大なる義兄さんが……僕にはまるで太陽のように眩しかった……
……そんな義兄さんに、僕は勝てたでしょうか?)

答えは否。敵うはずなどなかった。
ダニィにとって義兄ディオゴはいつまでも超えることができない山脈だった。

(敵う筈などないのに、僕はあなたが欲しくて欲しくて堪らなかったモニークを手に入れてしまった……
僕にはそれが……負い目なんです)

モニークを抱きしめ、彼女の髪から香る温もりの匂いを嗅ぎながら
ダニィは目を閉じ、義兄への負い目の渦へと沈んでいく。

この先に、避けようのない恐ろしい絶望が待ち受けているとも知らずに…

       

表紙
Tweet

Neetsha