Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語 ~ラディアータ~
白い巫女医者 マリー・ピーターシルヴァンニアン

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~14~ 


「叔父ちゃん、カタリーナちゃんはまだ来ないの?」

泣きづらのツィツィはヴィトーに尋ねた。
今は巫女医者のカタリーナが頼りである。
カタリーナは先代の族長であったミケーレ(ヴィトーの従兄)の娘がエルフとの間に生んだ娘たち、すなわち巫女姉妹の一人である。姉たちと共に彼女も待機要員として動員されていたが、
「それでは黒兎人族の里にいる巫女医者が一人も居なくなるではないか」と
ヴィトーがダート・スタン総督伝てにピアース3世に抗議し、受理されたため、
カタリーナは前線に向かう途中で引き返していた。

「正直なところ、カタリーナが帰ってくるまでに1週間はかかる……彼女も
ダニィとモニークのことを心配して必死に馬を飛ばしてくれてはいるが……」

「……早くしてよ……このままだとモニークも……ダニィも……!」

モニークは無理矢理 陰部に男性器を突き刺されたことで裂傷を起こし、
内臓に著しい損傷を負っていた。更には子宮に深刻な傷も負っていた。
このままでは、傷が腐り、命を奪われかねない。また、助かったとしても子宮摘出は免れないだろう。「読後、焼却すべし」で綴ったこと以外にも、モニークは重傷を負っていたとされている。陰部と子宮の損傷以外にも内臓破裂を負っていたとの話もある。

「……モニーク……可哀想に……まだ10歳になったばかりなのに……っ……
これから先……ダニィの赤ちゃんを産んで……お母さんになるのが……
夢だって……言ってたのに……!」

ツィツィはこれから先訪れるであろうモニークの残酷な未来を嘆き、
絶望に打ちひしがれ号泣した。

「……あぁ……そうだな……」
ヴィトーも悲しむ姪のツィツィを抱きしめ、悲しみに震えた。
娘の幸せを祝福し、これから生まれてくる娘の孫を見ることこそ……父親の幸せだったのに。それを一瞬にして奪われてしまったのだ。

「……ダニィも……あの子……まだ15歳にもなってないのに………
もし…………モニークが自分の赤ちゃんを産んでくれたら……自分の音楽を
聴かせてあげたいって……言ってたのに……」

ダニィは顔面を激しく殴打されたことにより、鼻骨は粉砕骨折を起こし、
頬骨に至っては陥没骨折を引き起こしていた。顎も外れていたため、
今はプレートとワイヤーで固定している状態だ。たとえ、助かったとしても
美少年だった彼の顔はもう元には戻ることは無い。
また、アーネストと争った際に奴の右目を失明させた復讐として彼は両手の指をへし折られていた。
戦闘靴で踏みつけられたのだろう……手遅れになれば偽関節が形成されてしまう。もうギターを弾くどころか、スプーンを持つことすら出来るかどうか分からない。

「……どうして どうしてなの……?
神様……なんでこんなこと……するの? 2人があなたに何かしたの……?」

「……よすんだ ツィツィ……神を責めるのはお門違いだ………
今はただ神が2人を救って下さることを祈るだけだ……」

アルフヘイムは農業技術だけではなく、医療技術でも世界一の実績を誇る。
その要因はアルフヘイム国土の地下を走る精霊樹の力を利用した治癒魔法である。通常であれば、このような深刻な重傷であろうとも
わざわざ外科手術などに頼らなくても精霊樹の力を引き出した治癒魔法によって治すことが可能である。

だが、アルフヘイムは現在深刻な医者不足に悩まされていた。
最前線における兵士たちの治療のために莫大な数の巫女が動員されたため、
本来ならば直ぐに来てくれる筈の巫女医者は今はアルフヘイム北方戦線の最前線であるゴールドフィンガー海岸に居る。そして、その巫女医者のカタリーナは引き返してくるのに1週間かかるのだ。 残酷なことを言うが、
ダニィはまだ希望があるが、モニークはもうとても間に合いそうにない。


「何が……医療大国アルフヘイムよ……!たった一人の女の子と…男の子すら
救えないじゃない……!」

絶望的な哀しみに打ちひしがれる2人の許に現れたのは、
ダート・スタン総督であった。

「お嘆きのところ、大変申し訳ない。コルレオーネ殿……キィキィ殿……」

「総督…」

ダート・スタン総督は、ヴィトーに握手を交わした後、嘆き悲しむツィツィの背中を優しく叩いた。

「キィキィ殿……酷なことを申し上げるが どうか気をしっかり……」

「……すみません」
ツィツィは涙でぐしゃぐしゃになった目を拭うと、ダート・スタンを見つめる。
だが、打ちひしがれて目すらも重く、その目は地面を見つめた。

「謝ることは無い……こちらこそ、お嘆きのところ突然おしかけて申し訳ない。
……儂も正直かなり悩んだのではあるが、どうしてもと仰るので会わせたい方がおってな……」

「……どなたなのです?」

「……会ってみて下され どうぞ」

ダート・スタン総督が手招きをした先に居たのはあの白兎人族の巫女である
マリー・ピーターシルヴァンニアン王女であった。
白兎人族の巫女である女王陛下ヴェスパーの姉テレサの娘である。
モニークと同じ10歳ではあるが、彼女は巫女医者としての面も持っていた。

「……お初にお目にかかります、マリー・ピーターシルヴァンニアンです。」

「これは殿下……!」

ヴィトーは膝をつき、お辞儀をする。
マリー・ピーターシルヴァンニアンは白兎人族の中では聖女と崇められるほどの存在である、
ましてやその白兎人族の統治下にある黒兎人族にとっては雲の上のような存在であった。
だが、ツィツィはそんなマリーに対してもお辞儀と敬礼をすることはなく
彼女を鋭く睨みつけていた。

「……どうか頭を上げてください、コルレオーネ様。」

そう言いながらマリーは深々とお辞儀をした。


「……なんで叔父ちゃんが頭を下げてるの……?おかしいでしょ!」

涙の塩気で顔が赤く爛れたツィツィの目は
真っ赤な鬼の如く眼光を放っていた。

「…‥ツィツィ」

「……こんな状況でお葬儀のご挨拶に来たって訳ですか……?
ふざけないでよ……あなたたち白兎は どれだけ黒兎を侮辱すれば気が済むの!?
もう帰ってよ!! あなたたちにかけてもらう情けなんて
これっぽっちも無い!! さっさと帰って!!!!」

黒兎人族にとって、白は葬式の衣装によく使われる服装である。
故に白い巫女装束に身を包んだマリーは、この状況では
とてつもない侮辱に映ったのだ。憎しみで満ち溢れたツィツィの鬼の怒号を前に、
マリーは正直すこぶる腰を抜かしたが、悟られぬように 落ち着いて片膝を付く。

「マリー殿……!!」

ヴィトーもダート・スタン総督も突然のマリーの行為に驚いた。
片膝をつくなど一国の巫女がするようなことではないとされていたからだ。
だが、これは誠意の表れであろう。
マリーは自身の言葉を紡ぎ始めた。

「……非礼を詫びます………お怒りもごもっともです……
しかしながら……この格好は白兎人族の巫女衣装……本日 私は巫女医者として参りました……
今回のことは白兎の不届き者が招いたこと……ならば白兎人族の巫女医者として
誠意を尽くす為にもこの格好で参ったのです……」

言葉を紡ぎつつも片膝を付き、頭を垂れる10歳のマリーの手はプルプルと震えていた。
途切れる言葉の合間から漏れる息からも、恐怖で震えているのが分かった。
ツィツィ・キィキィは小さい頃、いじめられるディオゴとモニークを庇って
助けてあげたことなどザラにあったせいか、普段は女性らしいところもあるが、
切れると手がつけられない程怖かった。故に25歳の大の大人のツィツィ・キィキィの怒号は、
10歳の少女であるマリーにとって相当、恐ろしいものだったに違いない。

「マリー殿下、どうかお顔をあげて下さい…」

ヴィトーが優しくマリーを立ち上がらせるかのように抱き抱える。
そのヴィトーの優しさで気が緩んだのか、マリーの目から突如、涙が滲む……

「………ごめんなさい………ごめんなさい……」

マリーは震えながら謝っていた。
自分がしでかした不始末では無いというのに、この娘は誠意をもって来てくれたのだ。
ましてや、大人の激しい怒りの感情をぶつけられてもおかしくはない
こんな場所に出向く勇気は 10歳の少女にはとてつもない苦痛だったに違いない。
たとえ、王女だからという理由を差し引いても、ヴィトーはとても怒鳴る気にはなれなかった。

「……構いませんよ……マリー殿下。どうか、涙を拭いください。」

「ぅぇえっ………ごめんなさい……」

10歳の少女に大人気なく怒鳴りつけた罪悪感からか、ツィツィは居た堪れなくなり、無言で俯いた。
ただ、今後10歳のモニークが背負う残酷な未来を思うと、今の自分の行動をなんら謝罪する気分になどなれなかった。
もし、これで不敬罪となっても絶対に罪を償う気など毛頭無かった。

「マリー殿下もピアース陛下と、セキーネ殿下に代わって来て下さったのだ。
本来ならば、この2人の内のどちらか……まあ、今回の場合は
軍部の最高司令官であるセキーネ殿下がお詫びにお伺いするのが筋なのじゃが……
セキーネ殿下はハト派の国家宰相としてのお立場があるからのう……
ここでの謝罪を政治的に利用されるのを考慮されて、せめてものお詫びとして、
ファルコーネ夫妻の治療をと申し出たのじゃ。」

「……そうだったのですか」

ヴィトーは少しばかり父親としては今回の謝罪には正直言って不服であったが、
黒兎人族族長としてはこの感情を露にすべきではないと感じ、ぐっと堪えていた。


「……そーまでして謝罪はしたくないと……
謝罪よりも自分の立場の方が大切というわけですね。
……なるほど それが貴方たちの気持ちだということはよーく分かりました。」

ツィツィは逆撫でするように呟いた。その言葉にマリーはシュンと落ち込んだ。

「ツィツィやめないか……10歳の子供を責めても仕方がないだろう。」
ヴィトーが言うのを無視するかのように、ツィツィは被せてマリーに向かって語りかけた。

「でも、マリー殿下……2人は巫女医者としての貴女の力を……必要としています……。」
先ほどまで突っ張っていたツィツィの目から涙があふれる。

「……どうか2人を……助けてください……お願いです……どうか……2人を……助けて……」

ツィツィマリーの手を強く握り、片膝をついて祈るように懇願した。
マリーは、ツィツィの助けを求める姿を放ってはおけなかった。
マリーとしても 大の大人が子供である自分にこれほどまで助けを求めることに
驚きを感じつつも、ツィツィに頼ってもらえたことが嬉しかったのか、マリーは意気揚々と嬉しそうに答えた。

「ツィツィ様……も……勿論ですっ!! そのために私はここに来たのですからっ!!」

マリーは人の病や怪我を治すことがただ純粋に嬉しかった。
見境なく人を治しすぎるが故に、捕らえて拷問にかけた捕虜まで治してしまい、
伯父のピアースに叱られたほどだった。
聖女と崇められるのも、そのあまりにも優しすぎる性格なのかもしれないと
ダート・スタン総督はしみじみと思った。

「さあ…っ!! 患者さんの許に案内してください!!」

マリーは立ち上がると、ファルコーネ夫妻の眠るコルレオーネ家の廊下を歩いていく。

       

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