Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語 ~ラディアータ~
エピローグ、あとがき

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~最終章~


 ブロフェルド駐屯地での騒動は、全兎人族の知るところとなった。
白兎軍に入隊していた黒兎人族のディオゴ・J・コルレオーネ軍曹が率いる1個分隊が蜂起し、
その後勢力を拡大。駐屯地司令官のブロフェルド将軍と、その息子アーネスト氏を殺害したと報道された。
ディオゴ・J・コルレオーネ軍曹は、アーネストの殺害後にノースハウザー曹長率いる白兎軍に身柄を確保され、軍法会議にかけられた。
本来ならば情状酌量の余地がある筈のディオゴは、会議にて銃殺刑を言い渡された。
不服極まりない筈の判決を言い渡され、上訴しても良かった筈のディオゴだったが、
彼は上訴を拒否。判決を受け入れた。それもその筈、ディオゴは蜂起に手を貸した
クレメン ザ兵長たちと、白兎軍に軍籍を置く黒兎人族の兵士たちの命を人質にとられていた。
「私の命と引き換えに、彼等の助命を約束していただけるのですね?」
「あぁ、勿論だとも。」
「……約束は必ず護って下さい。」
「議長……クレメンザ兵長たちは私に脅迫され、止むを得ず蜂起に手を貸しました。
故に兵長たちによって引き起こされたことは、全て私の責任であり、
彼らには何ら落ち度はありません。 今回、私は部隊を私物化し、
ブロフェルド将軍と、アーネスト氏を殺害しました。これは私個人の恨みに基づいた者であり、
これによって白兎軍に軍籍を置く黒兎人兵の処遇が不利になることがならないよう
御配慮をお願いします。」
判決で流暢に虚偽の 供述をするディオゴを
ノースハウザー曹長と、クレメンザ兵長たちは涙を噛み締めて見つめていた。
「コルレオーネ軍曹……っ!軍曹っ!」
彼等の呼びかけにディオゴは憑き物が落ちたかのように、どこか優しく悲しげに微笑んでいた。
ノースハウザーは感じていた。
あの表情は復讐を終えたというだけではない、何処か納得したような表情だった。
そう、アーネストと向き合ったことによって
ディオゴは自分自身を見つめ直すことが出来たのだ。そして、悟ったのだ。
自分のような人間は生きていてはいけないと。
「……後悔は無いのかね?」
面会室の受話器越しにノースハウザーは尋ねる。
「……強いて言うのなら、家族に会えないことですかね。」
ややや つれ気味のディオゴはかつて自分を鍛え上げてくれた恩師であるノースハウザーに悲しげに微笑む。
「……もう会うことは出来ないが、何か伝えておきたいことはあるかね?」

「……父さん……ツィツィ姉さん……ダニィ……そしてモニーク……
僕はみんなの家族で居られて‥…本当に幸せでした。
どうかお元気で……とお伝えください」
そう言うと、ディオゴは受話器を置き、彼は部屋へと戻っていく。
ディオゴは道中、目を半開きにして地面を見つめる。
地面を見つめる目は、もうかつてのように虚しく無を見つめてはいなかった。
彼の目には家族との思い出を胸にあの世へと旅立とうとする暖かい眼差しが宿っていた。

ディオゴの裁判と同時並行して、国家宰相であるセキーネは議会にて苦しい立場に立たされていた 。
彼は白兎軍の最高司令官である。今回の事態は、彼の責任問題となっていた。
ピーターシルヴァンニアン王朝の国家運営は
国家元首のピアース3世と、国家宰相のセキーネによって運営されていることは先に述べたが、
議会でも当然その運営は行われている。
現在の国家元首側であるファルコン党、国家宰相側であるピジョット党の2大政党制だ。
議会においては、ピアース3世の代理としてファルコン党党首パトリック・ネザーランド氏が
ピジョット党党首のセキーネ・ピーターシルヴァンニアン氏と対立する形をとる。

「セキーネ国家宰相、昨夜の件のご報告が国王陛下に遅れた理由を教えてもらおうか?」
ネザーランドは鬼の首でも取ったと内心、胸を躍らせてセキーネに詰め 寄る。
「……原因を調査中であり、お答え出来ません」
今回の不利な状況にセキーネはただ、頼りなく調査中と返答するしかなかった。
「調査中ですと、国家宰相? そんなことが言い訳になりますかな?
今回の事態をダート・スタン総督が国王陛下よりも早く知っていて
いるという時点で、総督が貴方に一報を入れたことは確実だ。
なにせ、貴方は白兎軍の最高司令官を努める方だ。
原因を調査中などという言い訳が通用すると思われているのか!
貴方は国王陛下に、今回の件が伝わることを恐れ
隠蔽を図ろうとしていたのではないのか!!」
もはやセキーネにはぐうの根も出ない。ネザーランドの紛糾はほぼ叱責に近かった。
「現在、咄嗟に入ってきた情報が 誤報でないかどうかの
調査をしていた為、陛下への報告が遅れてしまったのは
事実であります。ですが、断じて隠蔽を図ろうなどと
していた訳ではありません。」
「どうですかな?今回の事態は貴方にとって
非常に不利ですな。なにせ、
白兎軍に配属されている黒兎人族が蜂起を起こし、
ブロフェルド将軍とその御子息のアーネスト氏を殺害したのですからな……
元々険悪な関係を続けていた黒兎人族を、
あろうことか我々の懐に入れようとしたのは貴方だ。
その責任を問われても仕方がないですな。」
「全ての黒兎人族がそうというわけではありません。」
「ではない?なら、黒兎人族自治区に駐在する白兎軍へのデモが起こっている理由は何なのかね?」
「それはアーネスト氏が黒兎人族の族長の令嬢を
侮辱したからであります」
「どこにそんな証拠があるというのかね?
アーネスト氏は黒兎人族の治安部隊隊長として厳正に勤務をされていた方だ、
黒兎人族に恨みを買うこともあったという証言がある。
今回の黒兎人族の族長令嬢の事件も、ハニートラップによる
でっち上げではないのかね?」
黒兎人族が引き起こしたデモによる報復によって、アーネストが襲撃した
ミルトン・クレスト商会は壊滅。関係者も全て死亡した。
もはや、真相は闇へと葬り去られてしまった。
ブロフェルド将軍の自殺が息子の粗相がきっかけだったのかは知らないが、
いずれにせよ、事態の詳細を知る彼の死が
ファルコン党・ピアースにとっ て有利なことには変わりはない。
アーネストが黒兎人族の里で起こしていた数多くの犯罪行為も、
白兎軍に謀反を企む反乱分子のいぶり出しのための調査とされた。
アーネストの犯した事態が総督に知れているハズなのに、
ことが明らかにならないのは、裏でピアースと通じていたミハイル4世が
関わっていたからに違いない。その証拠に、ミハイル4世は総督とは長年犬猿の仲だったからだ。

「議員諸君、ピジョット党党首である国家宰相は
国家元首たる国王陛下を蔑ろにして、裏で総督と事態の隠蔽を図ろうとした!
これは我が国の立憲君主制に関わる由々しき事態ですぞ!!」
人差し指を立て、得意気にネザーランドはこれみよがしに
セキーネを批難した。無論、セキー ネにもそんな意図が微塵もなかったわけではないので
彼もぐっと堪えていたということもある。だが、こちらの言い分を全く無視して
自分たちに圧倒的に有利な言い分をベラベラと語るネザーランドの顔面に思わず
蹴りを叩き込んでやりたい気持ちになった。
「静粛に 静粛に」
ヒートアップするネザーランドを宥めるように、
議長が静粛の呼びかけをするが、議会の流れはもはやネザーランドに傾いている。
ネザーランドコールが掛かっているほどだ。もはや、この場を抑えることなど出来なかった。
「議長、ここは一つ提案があります。
国家機密に関わる内容はピジョット党、ファルコン党両党で
共有するべきであります!! 故に、総督府への報告は
両党の合意 の下なされるべきであると思われます!」
ネザーランドは勝利を宣言するかの如く、議会で声高らかに叫んだ。
議会の誰もが、ファルコン党党首ネザーランドに向けて暖かく拍手と声援を送っていた。

夕日を眺め、ピーターは人参酒を煽った。自身の無力さがただ歯痒かった。
もはや、ピアース3世に対抗するための手段は失われた。
今やダート・スタン総督と連絡を取るにも監視がついている。
「臥薪嘗胆の時期なのかもしれないな……」
何をしても叩かれてしまう時期がある。
今はその時なのだろう。母上ヴェスパーはそう幼きセキーネに言い聞かせた。
今は臥薪嘗胆の時期だ、風当たりの強い外へと出て行く時期ではない。
いつか世間が自分の行動を認めてく れる時期が来るだろう。
それを待ち、セキーネは耐え忍ぶ。


 後にディオゴの銃殺刑を巡り、白兎軍に軍籍を置く黒兎人族兵士が次々と除隊。
彼等が精霊樹の魔力を引き出す巫女広報員(アナウンサーのこと)によって運営されているラジオ局を
占拠し、真相を暴露したことで白兎軍の腐敗した体制が白日の下に晒されることとなった。
やがて、白兎人族の中でもディオゴ・J・コルレオーネ軍曹の解放を求める声が
出始めるようになった。
このままでは世論が黒兎人族との和平を求める流れへと進んでしまう……
事態を危険視した国家元首ピアース3世は、ピジョット党党首ネザーランドを黒兎人族の
テロリストの仕業に見せかけて爆殺。
白兎人族と黒兎人族の争いは、 歯止めがきかないところまで進行してしまった。
やがて、かつて白兎軍に所属していた黒兎人族の退役軍人たちによってレジスタンスが設立。
コルレオーネ軍曹の捕らえられている刑務所を襲撃し、彼を救い出した。
彼はレジスタンスのリーダーに迎えられ、コルレオーネ大尉と呼ばれることになる。

彼が刑務所に捕らえられてから8ヶ月が経過しようとしていた。
コルレオーネ家の居間では、ダニィの奏でるロンロコギターをモニークが聞き入っていた。
ミイラのように死に絶えようとしていた2人の姿は、巫女医者マリーの祈りによって、
元通りに美男美女の美しい新婚カップルの姿へと戻っていた。
曲を終えダニィはモニークの手を取ろうとするが……
「ぃやあああぁぁあああっっ! !!」
モニークはダニィを突き飛ばすと、そのまま自室へと篭もってしまった。
部屋からは彼女の泣き叫ぶ声が聞こえる。
「…ここは私に任せて」
悲しげに心痛な面持ちでツィツィはモニークの部屋へと入っていった。
今やモニークは男性恐怖症を患ってしまった。
アーネストによって植えつけられた男への恐怖心は、
男に触れたり、声を聞くだけでもフラッシュバックを起こし、非道い時には貧血を起こして昏倒してしまう。
残酷なことに、その男の中に恋人である筈のダニィも含まれてしまった。
恋人でありながら、ダニィは愛するモニークに触れることを許されなくなってしまった。
「………」
ダニィはモニークを気遣い、とうとう無口になってしまった。声を聞くだけでもモニークの男性恐怖症が悪化すると言うのだから。
ダニィに出来ることはただ、彼女の愛するロンロコギターの音色で自分の想いを語りかけることだけだった。
ダニィの瞳からは絶望の涙が流れ落ちた。
(こんなに悲しいのなら……死んだ方が良かった)
ダニィにとって愛するモニークに触れることも、
話しかけることも出来ない
この悲しみは想像を絶するものだったに違いない。

精霊樹による治癒魔法ですら、モニークの傷ついた精神を治すことは出来なかった。
それについてマリーは悲しげに語る。
「心というのは精神、人格、魂の3つが互いに融合し合ったもので す。
かつて心の病を患った患者が、患った部位を切除したケースがありました。
ところが、その患者は切除したことにより心の
比率が狂い、精神異常をきたして自殺しました。このケースは一件だけではなく、数十件と報告されています。どんな薬も、魔法も、心を治すことはできないのです。心を治すことが出来るのは自分次第なのです。」

マリーの言葉がコルレオーネ家を知る者たちには実に心痛であったろう。
アーネストに口内射精をし、死姦を味わったディオゴ・J・コルレオーネ。
彼がレジスタンス軍と活動していた時期に、白兎人族の里や村々を襲撃した際に
捕獲した女性捕虜をレイプしていた事実があったことは既にご存知の通りだが、
その中には死体もあったと の報告がなされている。
彼はセックス依存性だったのだろうか?それとも、レイプ衝動にかられていたのか?
今となってはわからない。

ダニィ、モニーク、そしてディオゴ。
君達の未来はここで終わりではない。


君たちの物語は黒兎物語へと続くのだから。


FINE

~あとがき~
愛に生きた2人の黒兎の男に言葉を送ろう。

ディオゴ・・・・・・君の不器用すぎる愛、後世へと伝えよう。君がモニークを想う愛を、病的だと罵る者達もいるだろう。だが、君はモニークを、ダニィを愛するが故に愛に魂を削られてしまっただけなんだ。 不器用な生き方しか出来なかっただけなんだ。どうか不器用な愛に生きたことを後悔しないでくれ、
苦悩の人生を送り続ける君に送ろう、我が言葉を。
胸を張って生きろ、俺は愛に生きたのだと。


ダニィ・・・・・・君の純粋すぎる愛を後世へと伝えよう
これから先、君が辿る道のりは長く苦難になるだろう。どうか後悔ばかりの人生なのだろう。たった一人の女性を生涯にわたって君は愛し続けたね。君は・・・どれほど孤独だったんだろう。身も心も灰にされる
ほどの孤独を到底この僕には理解し切れない。 
君の親友として救ってやれなかったことが何より悔しい。ただ、今は天国で君がモニークと安らかに過ごしてくれていることを祈る。
もう直ぐ僕もそちらに逝く。どうか、
その時は君とモニークと・・・ディオゴとツィツィと・・・君の御両親のいる食卓に僕を招待して欲しい。

       

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Neetsha