Neetel Inside ニートノベル
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サカガポンド
プロローグ

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 俺がパイロキネシスに目覚めたのは物心つくよりもたぶんはるか前で正直なところよく覚えてはいないのだが、というようなそんな話を昨日夜の七時ごろ晩御飯を家族で食卓を囲みながら和やかに談笑をしながらの最中に話すと親父が不思議そうな顔をしながらカレーライスのにんじんを手元で避けつつ言った。
「あれぇお前が使えたんはサイコキネセスじゃなかったか」
 台所のほうでトン汁をグツグツグツグツ煮て音楽を聴いていたお袋は、また同時に俺たちの空気と間の抜けた会話を小耳に挟みながらしていたらしく、手の包丁を胸の前で浮かしながら。
「マサ君、キネセスじゃないでしょう、キネシスじゃないの」
 という。俺は今年高校に上がって16になったが親父とお袋はまだお互い36で世間一般的に見て若すぎるほうでその理由は大学生のときに学生結婚してできちゃった結婚で俺を産んだあるいは産んでしまったからだ。ラブラブだ。皺もなくてツヤツヤでよく友達からは羨ましがられるけどまぁちょっと誇らしくもある。
「お袋、俺はさ」
話が逸れかけているので俺が軌道修正しようとするとリビングのテレビからはセリーグの巨人阪神戦が盛り上がって俺にとっては少しうるさくて妹のサチはベイスターズファンだが何故か今日に限っては他球団のその試合に夢中だ。今年巨人に入団した期待のイケメン若手エース間山、ここ両国市出身の有名人のプロ初先発だから野球ファンでもあるがその前に面食いの一人の女であるミーハーなサチはまぁそうしていて当然だといえる。
「似たようなもんだろう」
「全然違いますよ、だってキネセスだなんて、ねぇリョウちゃん、キネセスだなんて恥ずかしいわよ、どこにでもいそうな外国人の名前みたいじゃないの、リョウちゃんの、パイロ、なんだっけ、パイロキネシスはもっと、すごいわよねぇ、ねぇリョウちゃん」
 違うそういうことじゃないんだ、と思わずか何かにイライラして俺がそう言おうと口を開きかけるとカキーン!と甲高い金属音が響き盛大な歓声が上がり振りかえると間山の筆舌に尽くしがたい落胆の表情が画面にいっぱいに伸ばされ、サチも落胆のあまりかああ~と天を仰ぎながら叫び、実況と解説がテンション高く言葉を回し、急なそれらに驚いたおふくろは足元の俺のスリッパにつまづいてこの中で一番大きな声を腹から出した。
「ああっ!! リュウちゃん、避けて、避けて!」
 まず食卓の俺たちの頭上にお袋の手元をすっぽりと離れて裏返ったお盆がまたその上の煮えくり返って実際ひっくり返ったお椀が俺の視界の隅に映って、その次に乳白色のトン汁が四つの塊となって湯気を絡ませながら落下する。パニックを起こした親父は第一に自分が助かることを考えてあまりにも素早く机の下に隠れて、さすがに体裁が悪かったのか付け足すように「おおっあぶないっ!」とうずくまりながら言った。俺は右手を出して液体の一つ一つに照準を合わせようと試みるが、遅かった。
「あああああっつううう!!!」
 右手と顔の全体にトン汁がぶっかかって俺はその場で昇天できるような気持ちだった。右手の平から出そうと思った炎は出ずに今はその皮膚の上をトン汁が焼いている。のた打ち回る俺を見てかスプーンをカチャカチャ鳴らしているサチが笑う。
「兄ちゃん、火出せるんなら、そんなの全然熱くないでしょー、耐熱構造でしょー」
「サッちゃん、お兄ちゃんはね、そういう便利なのじゃないのよ、ほら、前に病院の先生が、あら、なんだったかしら」
 トン汁が染みこみ熱をもって服が俺を焦がし、まるで鉄板のコートを羽織っているようで俺はすぐに脱ぎ捨てて泣きながら風呂場のほうへすぐさま駆けていくとサチがケラケラ。
「やだー、お兄ちゃんエローい」
 まだ小学四年生のエロいというワードに過剰反応を示したのか親父とお袋がサチにすぐさま叱咤を飛ばしていて風呂場の中に入った俺はシャワーの浴びようとしてノブを回し芯まで冷えるような夏の冷水を全身に浴びると痛い。ファッキンシット!
くそっ、火傷には冷たい水であっていただろうか? 俺の全身の体細胞が苦痛のあまり悲鳴をあげ逃げ出して俺は俺でなくなってしまいそうだ。
「うえええええ!」
 歯と体をガチガチ震わせながら四つんばいでシャワーを浴び続けていると泣き声が聞こえてはじめ俺は自分が出したものだと思ったが違ってそれはサチのやつのもので、どうやらエロいの件で親父たちと口論しているらしい。
「サチ! そういうことはな、親の前では言うな」
「ちがうでしょマサ君、あのねサッちゃん、女の子はそういうこと言っちゃ恥ずかしいのよ」
「でもトシくんはいっつもそうゆーと喜んでくれるんだもん!」
 感情が高ぶったらしいサチは怒り心頭、ムカつきの矛先を足場に向けたようでドンドン力強く床を震わせて二階の階段を踏みしめて行き、俺はズボンも脱ごうとして、お袋の溜め息がここまで聞こえ、親父が「おい、トシくんって誰だ!」と怒鳴る。
 ああなんで俺はヒャドとかブリザドとかが使えないのだろう?
 火はライターで起こせるし使ったら色々燃やしてしまいそうで正直あぶなっかしいし真っ赤だし、そのときの感情次第で俺の場合は温度も変わるし、パイロキネシスが使えても何にも格好良くなんてない。一度子供のとき昔からの幼馴染で親友のユウジの目の前でパイロキネシスを披露するために二人きりで山の麓の寺を燃やしたときうっわダセぇって言われてから俺は少しコンプレックスなのだ。いえーい平成の比叡山の焼き討ちだぜーどとか言って一人自慢するような気持ちだった俺のプライドはズタズタ、一瞬で冷えた。凍結だ。どうせ出せるならそう、凍結、氷がよかった。氷なら冷たいしお腹がすいたらかき氷にして食べられるしそれを元にしてかき氷屋とかで儲けられるし、何よりもキレイでロマンチックだ。あとなんか強そうで格好いいじゃないか?
 そうして一人で四つんばいで考え込んでいるとこめかみがようやくムズムズしてきて冷えた体をうっすらとした暖気が包み込み電流のように手の平へと走るそれは唐突に出口を求めてる。火炎の予感だ。ムズムズは頭の中をかき回し水かさが増すように占めていき、零れ出る電流は神経を通って腕から爆発しそうなエネルギーを発する。
 俺の腕が赤く色を変え自ら湯気を立ち込める。
 いつからこんなことになったのか、忘れたことさえも忘れている。

       

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