Neetel Inside 文芸新都
表紙

万能性についての議論と命の尊さと
まとめて読む

見開き   最大化      

 今日という一日が始まって二時間が過ぎた頃、ラボに残っていた最後の学生が帰宅の報告に来た。彼は、いつもと変わらない終了点検の報告をして、足早に帰って行った。私は誰もいなくなったラボの鍵を閉めながら、祈りを捧げた。
「終わりのない研究と、この命に感謝します」
ポケットから歯ブラシを取り出して、シャワー室へと歩き出した。洗面台の前で椅子に座り、鏡で自分の顔を見た。歯を磨きながら、丸三日伸びた髭を見てその成長速度の速さに感心しつつ、死んだ彼に語りかけた。
「なぜ髭は剃られる運命にあるのか?」あるいはなぜ私は今髭を剃ろうとしているのか。
「髭には伸ばす価値がない」彼は淡々と答えた。
「君には生きる価値がなかったように?」
「その喩えはおかしい。『君には生かす価値がないように?』と尋ねるべきだ」彼の言う通りだ。実際彼はまだここで生きていた。いや、正確には活かされていたというべきかもしれない。息はしていないが、彼は確かに力強くまだここにあった。というか、彼を生かす価値を私は彼自身よりも知っていたからこそ、ここで生かして、自分のために活かしていた。
「君は知らないだろうが、今の時代、どんな細胞にだって初めからやり直す権利があるんだ」私は得意の誰かに教えられてただ知っているだけの知識を彼に披露した。
「それはすごいな」
「つまり、君だって生きてさえいれば、やり直して価値ある組織の価値ある一員になれる可能性だってあったんだ」
「つまり、髭には伸ばす価値があると言いたいのかい?」
「その通り」
「けれど、髭は生きているのかい?」彼の核心を突く質問に私は答えに詰まった。
「・・・髭は生きているのか」私は歯ブラシをポケットにしまいこみ、彼の問いの答えを探しながら大学寮へ向かった。

       

表紙
Tweet

Neetsha