Neetel Inside ニートノベル
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力に戸惑う彼女の場合は
第二話 『誇ってください』

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 最初こそやはり不審がられたものの、少女の使った力について自分も同じようなものを持っていることをしどろもどろで伝えたら少女は温和そうな瞳を僅かに丸くして驚いた様子を見せた。
「他にもいるものなんだね、この…異能?の持ち主は。もしかしたら私だけなのかもしれないと思っていたから」
 何も知らない他人にはおいそれと話すことができない事柄だけに、同じ思いを抱いている者同士は打ち解けるまでにそれほど時間を要しなかった。
 この少女が先程見せた傷を消し去った不思議な能力と同じように、守羽にも似たような常識から外れた妙な力を所有している。
 それはごく一部の人間のみに限って発現する異質な力、異能。発現する条件やタイミングは一切不明だが、目覚めた以上はある程度その力のことに関して嫌でも理解することになる。
「俺もそれほど会ったことはありませんけど、やっぱりそれぞれ隠したいんじゃないですかね。あまりひけらかしていい力ではないですから」
 さっきまで少女が腰かけていたベンチに人一人分のスペースを空けて二人で座り、互いに自身の身に宿る異質について話し合う。
「神門、守羽君だったよね。君は…君もやっぱり、その力で嫌な目に遭ったり…した?」
 既に自己紹介は済ませてあった。彼女の名前は久遠くおん静音しずね、守羽の予想通り一つ年上で高校一年生だった。
「そうですね…嫌な目、か」
 守羽が自分の能力を何も知らない普通の人に見せた時の、あの奇異の瞳を思い返していると、不味いことを言ってしまったという表情で静音は気まずそうに顔を伏せた。
「…ごめんなさい。初対面で訊くようなことじゃなかったよね。ごめんなさい」
「ああ、いえ。別にいいですよ。ただ…俺の力は傍目からだとわかりづらい能力だったんで、それほど目立つこともなかったんですよ」
 口で言うだけならいくらでも出来る。新手のナンパか何かだと勘違いされる前に守羽は先に自分の能力を静音に披露していた。
 神門守羽に宿るは“倍加”の異能。腕力、握力、脚力、膂力。肉体の性能から果ては五感能力までを通常の二倍にも三倍にも引き上げて強化できる能力。全ての身体能力を肉体が壊れない範囲で引き上げれば守羽はちょっとした超人レベルまで自身を強化させられる。
「昔はほとんど制御できてなくて、俺の心理状態や感情の起伏に連動して勝手に発動してたりしてましたね。だから体育の時とか、俺だけなんか馬鹿みたいに速かったり力が強かったりして」
 さして記憶にも残っていない出来事を、訥々とつとつと語り聞かせる。
「周りのクラスメイトもまだ幼い子供だったんですげーすげーって持て囃してくれましたけど、中には不気味がって罵倒してきたりするヤツもいましたね。教師もちょっと引いてましたし」
 確かに今思えば、小学生であの性能はどう考えてもおかしかった。それを気味悪く思える程度の頭がある者から見て、きっと当時の守羽は子供の外見をしたロボットか何かにでも見えたのかもしれない。
「そういうのがあったから、自分はちょっと周りとは違うんだって自覚できたんですけどね。おかげで異能の存在にも気付けたし、時間掛かったけど自分の意思で制御できるようにもなった」
 持ち上げた右の拳をぎゅっと握る。見てくれでは分からないが、今の力で握手でもしたら相手の手は容易く握り潰れてしまうくらいの握力はある。
「そうなんだ…。神門君は、賢かったんだね」
「いやあ、馬鹿でしたよ俺は。周りに言われるまで気付けなかったんですから。バケモノとか怪人とか、そういう風に貶されて…やっと気付けたんだから」
 怯えた表情で、それでも健気に強気を装って自分を指差し知り得る限りの罵詈雑言をぶつけてきたクラスメイトを思い出して、守羽も懐かしさに目を細める。そこに悲観的な感情は見えない。既に縁の切れた相手だ、今更そんな前のことを深く考えるつもりは無い。
「化物……か」
 守羽の話を聞き終えて、静音もまた自分の手を上げて空に透かすように見つめる。
「神門君、私はね。魔女だったよ」
「…魔女?」
「そう、魔女」
 下ろした手を太腿に置いて、静音は意を決して話し始めた。
「君もさっき見ていたならもう分かっているかもしれないけど、私の異能は“復元”。壊れたもの、傷付いたものを、元通りに戻す力。ただし、私がその対象の壊れる前、傷付く前の状態を認識して把握しておかないと発動できない制限はある」
「じゃあ、あの子の傷も治したわけじゃなくて…」
「あの子が転んで膝を怪我する前の状態に“戻した”だけ。良かったよ、読書をする前にあの子達の遊んでいる光景を見ておいて」
 そうでなければ“復元”は使えなかったからと説明する静音は、しかし自らの能力で他者を助けたにも関わらずその顔に影を落としていた。
「私もこの力は小学生くらいの頃に大方理解したよ。でもそれが他人にどう思われるものなのかまでは理解していなかった」
「…」
「誰かが怪我したら“復元”して、誰かが物を壊したら“復元”した。それが正しい使い方だと思っていたんだよ。きっとこれは、痛かったり辛かったり、そういう思いをしている人達を助けてあげる為の力だと信じて疑わなかった。あの頃の私はね」
 その言い方は、今は違うと確信していることを思わせる口振りだった。
 守羽はさっきの静音と同じく、ただ黙って話を聞く。
「でもね、違ったんだよ。正しいかどうかなんて重要じゃない。私の心持ちなんて関係なかったんだ。私の力は異質で、異常だった。だから私は魔女と蔑まれた。…この街にもね、そんな時にお父さんが転校を提案してくれて引っ越してきた場所なんだ」
 太腿に置いた手が、スカートの裾を強く握っていることに守羽は気付かない振りをした。異能を持つ者が経験する共通の苦悩。それを知っているからこそ、軽い気持ちで慰められるものではないと理解していたから。
 だが、話を聞いていてどうしても気になることがあった。それが思わず口を突いて出る。
「久遠さん。あなたは、その力が嫌いなんですか?」
 一瞬言われたことの意味がわからないと言いたげにきょとんとしてから、静音は当然のように首肯する。
「私は…私は嫌いだよ。こんな力、無くてよかったのに」
「そうですか…」
 それを受けて、守羽は自分と相手の異能力者としての違いを見出した。
「俺も色々と苦労させられましたよ、この力には。でも、なんだかんだであって良かったんじゃないかなって、そう思うようにしてます」
 久遠静音は異能を嫌っている。神門守羽は異能を嫌いではない。
 それが、両者の間で決定的に違うものだった。
「昔は扱い切れなかったこの力も、今は自由に使える。自由に使えるってことは、俺が正しいと思った時に正しく使える自分の能力ってことですよ」
 そよそよと風が真上の枝や葉を擦れさせる音がやけに耳に残る。まだ公園で仲良く遊んでいる子供の声ですら、今は遠い。
「久遠さんだって、嫌いって言ってる力を使って子供を泣き止ませたじゃないですか。見て見ぬ振りだって出来たのに。その力は正しいし、その使い方も間違いなく『正解』です。俺も、あなた自身も、それで間違いないと信じてる」
 ベンチから立ち日の暮れかけた公園を見渡して、守羽は慰めるわけでも励ますわけでもなく、ただ自分の思いを綺麗ごと抜きで口にする。
「俺は好きですよ、あなたの力。それは素晴らしいものだと思う」
 重要なのは正しいかどうか、関係あるのは異能を有す者の心持ち。
 異質でも異常でも、その力の使い方を話してくれた少女の考えは間違っていない。それだけは絶対に断言できる。
「だから誇ってください。その力を、そういう風に使える久遠さんは凄い人で、尊敬できる人間だと思います。大っぴらに出していい能力でないのは否定しませんけど、でもその力を嫌いにはならないでください」
 夕陽が遠くに見えるビルの奥へと引っ込み、徐々に明度が下がっていく。子供達も親が迎えに来て、仲良く手を繋いで帰っていく。その帰り際、静音に傷を“復元”された男の子がこちらを見て満面の笑みで大きく手を振っていた。
 小さく手を振り返して、座ったまま静音はその男の子を微笑して見送っている守羽をそっと見上げる。
「……」
 赤々と照らしていた夕陽はもう沈んだというのに、静音の顔は未だ夕焼けに晒されているかのように赤くなっていた。

       

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