Neetel Inside ニートノベル
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力に戸惑う彼女の場合は
第十一話 『ブチのめすしかない』

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(脚力…百十倍っ)
 トッ、と一歩で距離を詰め地上から屋根へ。一瞬にして茨木童子の背後を取る。
「ほう」
 しかし確実に気配を掴んでいた茨木は顔を向けるより先に拳を真後ろへ突き出す。鬼にとって人間の移動速度が多少上がった程度ではさしたる問題にならない。
(からの、百八十倍!!)
 屋根に足を着けてからさらに“倍加”を引き上げた守羽の速度の差異に惑わされて、鬼の一撃は空を切る。
「はああっ!」
 右手で茨木童子の顔面を掴み、その手の内から一瞬光が漏れたかと思えば手から爆発が発生し、茨木の顔面を炎が包む。
「…これは異能……では、ありませんね」
 少し意外そうに、息の一吹きで炎を散らした茨木童子が目を丸くする。
 その合間に、既に守羽は静音を再度抱え直して逃走していた。
「やれやれ…」
 面倒臭そうに溜息を吐いて、ものの数秒で追い付けるであろう二人の人間へ足を向けた時、何かに引っ張られるように足が動かないことに気付いて視線を足元に落とす。
 そこには、瓦屋根を突き破って植物の蔓のようなものが足に巻き付いていた。
「…これは」
 先程の炎とこの木の拘束。思い当る節があったのか顔を上げた茨木の顔面にまたしても火球が数発直撃する。
(…まるで効いちゃいねえか怪物めっ)
 静音を抱えたまま顔だけ背後を振り返り、火球を撃ち出した右手を引っ込めながら守羽は舌打ち一つして顔を正面に向ける。
 安全な場所などここにはない。ヤツの狙いは“復元”の能力者であるこの久遠静音だ、どこかへ安置したところですぐさま見つかる。
 となれば隠すという手は有り得ない。あの大鬼とやらを倒す以外に、この少女を元の安全な人の世界へ帰す方法は無い。
 ……場所が要る。
(静音さんを庇いながら戦って勝てる相手じゃねえ。人気のないあそこまで誘き寄せて、僕が野郎をブチのめすしかない)
 この街には、こういう事態の処理に都合のいい地帯がある。そこを使って、人外を滅する。
 元よりこの身は、魔を退けることに関してはある意味特化した存在といっても過言ではないのだから。



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 この街の外れには、無人の廃ビルが乱立している無駄な土地が広がる一帯がある。立ち入り禁止のテープで区切られ、一般人はまず入らない。いつ倒壊してもおかしくないビルが連なるこんな場所に、興味本位でも入ろうと思う者はいない。
 だから守羽はこの場所を選んだ。ここなら、誰にも被害や迷惑が掛かることはないから。
 廃ビルの内、比較的まだ真新しいものを見つけ、その中に飛び込む。
 悪いとは思いつつも、埃の積もるエントランスの床に静音を横たえる。一応軽く床は払ったが、やはり長年放置されてきた汚れはそう簡単に落ちるものではないらしい。
「……ん…ぅ」
 抱えていた守羽の気配が遠ざかるのを感じ取ったのか、意識を失ったままの静音が小さく吐息を漏らす。
「待っててくださいな。すぐに終わらせて、戻してあげるから」
 いつもの敬語口調から外れた、およそ普段の神門守羽らしからぬ雰囲気で彼は立ち上がり外に出る。
 自分はまだいい、本来元々自分は『こっち側』に否応でも引き摺り込まれる存在だ。だが彼女は違う。
「人の世で平和に生活してる人間を、こんな気味悪い人外共が跋扈してる側に巻き込むんじゃねえよ」
 ビルから出ると、正面の荒れたアスファルトに立つ大鬼と目が合った。
「聞いてんのか、お前に言ってんだよ大鬼とやら」
「勿論聞いていますよ。そして関係ありませんね、私には」
 和装の人外は、自らの角を指で撫でながら興味無さげに答える。
「人間というのは、人外われらに喰われるか壊されるか程度の用途でしか使い道のない、放逐されただけの動物ではありませんか」
 ヒビ割れ砕けた地面を踏み締めながら、茨木童子はなんの警戒心もなく守羽に真正面から近づく。
「食物連鎖を知っていますか?それと同じことでしょう。人間が豚や牛や鳥や魚を食うように、私達はそれで肥え太った人間を喰らう。まあ私は不味いので食べませんが」
「この街も、そうやって『刈り取る』つもりか」
「ええまあ、どうせいくら殺して出荷したところで、雑草のようにどこからでも繁殖するのが人間というものです。放っておいても死んだ街にはまた人間が溢れる」
 茨木童子が守羽の眼前で足を止める。会話をするにはあまりにも近く、そして互いに間合いとしてはあまりにも詰められた距離。
 身長はさほど差はなく、両者が見上げることも見下ろすこともなく視線を交差させる。
「あの人も、鬼共テメエらのオモチャにする気か」
「鬼の玩具として遊んでもらえるのですから、人間としては破格の待遇ですよ。あの娘は、おそらく我らが主の琴線に触れることでしょうし」
 無遠慮なその発言に、守羽の全身がザワリと震える。
 初手はやはり守羽からだった。無言で至近距離から顔面へ殴打を見舞う。
 その程度の拳は効かないと分かっていながら、茨木童子は鬱陶しそうに迎撃に出た。片手で拳を流し、そのままカウンターで一撃を放つ。
 ヂッ!!
 全力で真横に傾けた守羽の頬を鬼の拳が掠める。皮膚と肉を僅かに削いだ拳の威力に絶句しながらも、さらに拳打、脚撃を続けて出すが全て受け流された。
「そんな体術で私を倒せるとお思いなら、もう殺しますよ?」
 数撃の立ち合いでもう飽いたのか、茨木童子は軽く握った右の正拳を守羽の胴体へ突き込む。
 ただのストレートにも関わらず、守羽の強化された五感でも対応し切れなかった。かろうじて割り込めた両腕のガードごと体が浮かされ後方へ吹き飛ぶ。
 地面に靴底を擦らせながら着地と減速を行う様子を見つつ、
「使ったらどうですか?さっきの力を。あれ、妖精の能力でしょう?」
 衝撃で軋む両腕に顔を顰めた守羽へ、子供のごっこ遊びに付き合う大人のような表情で鬼が続ける。
「五大属性を掌握する妖精種の能力。ただの人間ではないと思っていましたが、中々面白いスキルを身に付けていますね」
「はっ、羨ましいか?やらねえけどな」
「ええ、別にいりませんが」
 ろくに取り合うこともせず、大鬼は掌を上にして出した右手の指先をちょいちょいと曲げる。
「あの少女を守りたいのなら、出せる力は全て出さないといけませんねえ。餓鬼が食料を調達するまでの間でよければこの茶番、付き合ってあげますよ」
「舐めやがって」
 わかっている。この身に宿る力を総動員しなければいけない。本能的にそう直感できるほどの脅威をこの人外は持っていた。
 使うしかない。使わざるを得ない。
 ズキズキと頭の奥底が痛む。『僕』たる神門守羽が表層意識に出られる時間はそう長くない。人ならざる力を振るえば、その拒絶反応でその制限時間はさらに減ることだろう。
 だが出さねばならない。
「大番狂わせって知ってるか?知らないなら今から教えてやるよ…!」
 自らに発破を掛ける言葉を吐き出して、練り上げた力を引き出す。

 ―――駄目だ。勝てない。

 そんな弱気な確信を押し込むようにして、強大な人外を前に守羽は引き攣った笑みを浮かべた。

       

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