Neetel Inside ニートノベル
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力に戸惑う彼女の場合は
第三話 『迷惑じゃなければ』

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 あの時は日暮れだったのもあってその場で別れたのだが、なんとなくまた会えないかと守羽が翌日の放課後にも寄ってみたところ、公園の同じベンチで彼女はまたしても読書に耽っていた。
 読書の邪魔をしてしまうかもしれないという懸念があったが、それでも守羽は彼女に声を掛けたかった。同じ能力者だからというのもあったし、互いに昔の苦い思い出を語り合った仲だというのもあった。
 兎にも角にも、何か理由を付けて守羽は静音と会話をしたかったのだ。
 あの見目麗しい外見に惹かれたわけではない、とは言い切れないし、言い切ってしまえば嘘になる。
 だがそれを抜きにしても守羽は静音のことが、自らの力を嫌っている少女のことが、どうにも気になって仕方がなかった。
 だから偶然を装って、また守羽の方から近づいた。よほど読書に熱中していたのか、ベンチの前を通り過ぎてみても静音は反応を見せなかった。三往復ほどした時、ようやく静音はふと顔を上げてそこを『偶然たまたま』通りがかっていた守羽と目を合わせた。
 内心ドキドキしながら挨拶をしてみると、静音はどこか嬉しそうに笑い掛けて挨拶を返してくれた。
 二人は他愛のない話をするようになった。
 次の日は、最初よりも気楽に声を掛けられるようになっていた。その次の日は、さらに気安く彼女へ挨拶することができた。
 そんなこんなで、守羽が静音と出会ってから早三日が経っていた。
「久遠さんは、いつもここで読書してるんですか?」
 ベンチに腰掛け、傍らに持っていた文庫本を置いた静音へと、守羽が何の気も無しに訊ねる。
「うん。夏は日が沈むのも遅いから、少し遅くまでここで読んでから帰るんだ」
「家では読まないんですか?」
 守羽にとっては純粋な疑問だったのだが、同時にある程度自己で納得していることでもあった。屋外で読書をするのが好きだったり趣味だったりする人もいると聞く。きっと静音もそういうタイプの人なんだろう、と。
 だが、静音は守羽の質問に表情を暗くして、軽く頷く。
「……お父さんは、滅多に家に帰ってこないんだ。帰ってきても、いつも夜遅くになってからだから。家には基本的に私一人しかいないんだよ」
「…」
 母親は?と出そうになった質問だけは、考えなしに口にしてはいけないことだと直感した。
「私を養う為に一生懸命働いてくれているんだ。だから忙しくなっちゃうのは仕方ないし、感謝こそしても文句を言うような立場では決してないんだよ。それはわかっているんだけどね…でも、やっぱり私は家族と一緒の時間を過ごしたいかなって、そう思ってしまうんだ」
 艶やかな黒髪の毛先を指でいじりながら、静音は視線を斜め下に落として独り言のように呟く。
「お父さんの負担を少しでも減らそうとアルバイトも考えたんだけど、お父さんに駄目って言われちゃって。『そんなことしなくていいから、お前はお前の為にある時間いまを大切にしなさい』だって。…そんなこと言われても、私の為の時間なんて、どう使ったらいいんだろうね?」
「…久遠さん」
 守羽が言葉に詰まっていると、静音は困ったような笑みを浮かべて立ち上がった。
「ごめんね、神門君。またしょうもない話をしちゃった」
「いえ、俺は…」
「もう帰ろうか」
 気付けば、もう夕陽は暮れかけていた。
 明るい内は賑やかな公園で本を読み、家で過ごす一人の時間を少しでも減らそうとする。
 誰もいない家での寂しい時間を、少しでも減らそうと。
 実に健気な考えだと、ただそう思った。
「…あ」
「?」
 長い黒髪をなびかせて公園の出口を目指して歩き始めようとした静音は、何かを思い出したかのように背後の守羽へ振り返る。
「でもね、神門君。最近は、ここで過ごす時間は楽しいんだ。これはきっと君のおかげだよ、ありがとうね」
 そう言って、静音は黒髪の合間から見える穏やかな瞳の片方を閉じてウインクして見せた。
「っ…」
 守羽は、高く鳴った鼓動と共に熱くなってきた顔がバレないように目を逸らして顔を伏せた。



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「それじゃあ、またね」
「…本当に、大丈夫ですか?」
 出会った初日も込みで、守羽は静音の家までの帰りを送り届けようと申し出たが、その全てをやんわりと断られていた。送り狼を警戒しているのかと思っていたが、家に一人しかいないという話を聞かされた今となってはまさにそれも納得のいくことだった。
「うん、そこまで遠くないし、この辺りはあまり物騒なこともないから」
(どうなんですかね、それは……)
 静音の言葉に内心で不安を漏らす。守羽は知っているからだ。
 この世には、異能と同じく説明不能で目的不詳なよくわからない『人ならざるもの』が存在していることを。
 もちろん、それがこの街で騒ぎを起こしたというわけではない。そういった事件も守羽の知る限りではないし、人知れず起きていてもさして大きな騒動になっているということもない。
 だが可能性はゼロではないのだ。まあ、それを言ってしまえば通り魔や異常者の類が出現する可能性だって決してゼロじゃないのだが。
「ねえ、神門君」
「………あ、はいっ。なんですか?」
 つい考え事に没頭してしまった守卯が、慌てて呼ばれたことに顔を上げて答える。
 守羽を呼んだ静音は、少しばかり落ち着きがなかった。両手で前に持った学生鞄と黒髪を揺らし、視線を上げて下げて、また上げて守羽と交錯させる。
「あの、ね?また明日も、私はあそこで本を読んでいると思うんだ。だから…」
「はい…?」
「うん、あの、…だから。もしよかったら、また明日もお話してくれる、かな」
 身長差の関係から上目遣いに守羽を見る静音が、若干頬を紅潮させて僅かに瞳を潤ませている。
 答えは決まっていた。
「はい、もちろん。静音さんの読書の、邪魔でなければ」
「読書よりお話の方がずっと楽しいよ。それじゃあ…また明日」
 深く頷いた静音が、名残惜しげに別れの挨拶を告げて背中を向ける。
「……っ久遠さん!」
 守羽は、二歩踏み込んで歩き出した静音の手を取る。
「…?」
 不思議そうに静音が振り返る。その表情は、どこも変わらない。守羽が知っている久遠静音の顔だ。
 でも、守羽は見た。見てしまった。
 静音が背中を見せる直前の、あの寂しそうな横顔を。それを見て守羽は考えてしまう。自分以外に誰も居ない夜に、たった独りで食事をする食卓を。
 そんなのは、あまりにも寂しい。
「…もし。もし久遠さんが迷惑じゃなければ、ですけど!」
 だから、守羽は引き止めて、提案する。
 あとで考えなしに馬鹿なことを口にした自分を殴りたくなっても、恥ずかしさでもんどり打ちたくなったとしても。
 目の前の少女が、少しでも寂しい思いをしなくて済むのなら、少しでも少女の寂しさを紛らわせてあげられるのなら。
 恥も外聞も知ったことではない。駄目で元々だ。
「…………うちで、飯、食っていきませんかっ……?」
「ーーーえ」
 勇気を振り絞り、守羽は肺の空気を全て吐き出すようにしてそう短く誘った。

       

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