Neetel Inside ニートノベル
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力に戸惑う彼女の場合は
第五話 『何者だ』

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「なあ、オイ。守羽よー!」
「…ん、ああ。なんだ」
 下校途中で、どこかうわの空な様子の守羽へ話し掛けていた由音は不思議そうに目の前で片手を振っていた。数秒遅れてそれに気付き、いつも通りの返事をしたつもりだったが、やはりそれも気の抜けたものだった。
「…お前、なんかあったん?」
「なんでそう思うんだ」
「ぼけーっとしてっからだよ!あと最近付き合い悪いじゃん!」
 この数日は、毎日のように遊んでいた由音ともあまり関わっていなかった。通う学校が違う為、いつも待ち合わせている場所から集まって下校したり遊びに出たりすぐのだが、最近は守羽が何かと理由を付けてすぐさま帰ってしまうので由音としてはあまり面白くなかった。
「あー、まあ。色々あってな、俺も忙しかったりするんだよ」
 静音とのことを正直に話したら由音は付いて来るに決まっていると守羽は確信していた。だから、適当に誤魔化して話を濁そうとする。
「ふーん。んで、今日は付き合ってくれんのかよ、『調整』!!」
 東雲由音は守羽と同じく異能を宿す能力者でありながら、もう一つ違う側面での異質を持った少年である。かつてその二つの能力に振り回されて暴走を引き起こしたことのある由音は、それを止めた守羽自らの指導と教えによって力の制御法を会得した。
 だが未だとして安定性に欠けるその力を定期的に抑える為に、二人は『調整』と称して週に一度程度の頻度でお互いに能力を使った組手を行っていた。先週の『調整』から、今日でちょうど一週間である。
 それを思い出し、パンッと両手を合わせて頭を下げる。
「悪い、今日は無理だ。少しやりたいことがある」
「またかよ!なんだどうした、…守羽お前まさかー!」
 頭を抱えて仰け反った由音が、すぐに何か察したように大きく前のめりになって、
「女か!?女を作りやがったのか!?くっそふざけんなよテメエーー!!」
「違ぇわ盛大な勘違いすんな!」
 女、という点では間違っていないこともないが、それは黙っておく。
「とにかく無理なんだよ。お前もさっさと家帰れ」
 追い払うように守羽が片手を振ると、由音は悔しそうな表情でそれでも素直に従う。
「しっかたねえな!付き合うんならちゃんとオレにも紹介しろよ!」
「だから違うって言ってんだろ!」
 話を聞かずに走り去ってしまった由音の後ろ姿に叫びかけるも、おそらくはまともに聞いてはいないだろう。
「……」
 守羽もそれ以上声を上げるのを諦め、由音が去るのを細めた目で見送る。
(まっすぐ帰ってくれりゃあいいが)
 そうしてもらわなければ、ほんの少しでも不安になる。
 昨日見た、あの人外の存在が強く記憶に残り離れない。
 あの場にいた人ならざる者、その発言内容。
 とてもじゃないが、楽観的に看過できるものではない。
「さて」
 意識を切り替えて、守羽は向かう。
 静音が読書に耽っているであろう、あの公園へ。



     ーーーーー
 その日の会話は、ほとんど憶えていなかった。
 静音が何やら楽し気に話し掛けてくれていたのを、守羽は相槌を打ちながら片手間に答えることしかできていなかったのはかろうじて憶えている。
 公園にいる間、守羽は異能を展開して周囲を警戒し続けていた。五感の全てを“倍加”による強化で高め索敵範囲を飛躍的に向上させながら、明らかに人が放つ気配とは毛色の違う存在感を掴まえる。
 ソレは、ずっと二人の様子を窺っていた。気を張り詰めていなければ微塵も気付けなかったであろうほどにその巨大な気配を極力押し殺して、ただただ刺さるような視線を感じる。
 結局、今日は最後まで静音とは落ち着いて話をすることが出来なかった。心なしか静音も守羽の様子に戸惑っているようではあったが、それに対し弁明をすることもままならず、ぎこちない笑顔を作って返すのが精一杯だった。
 一度送り届けた経緯があるからか、二度目はわりとすんなり家まで送り届けさせてくれた。背後に奇妙な気配を感じたまま、守羽は静音を家の前まで送る。
「ありがとうね、神門君」
「…いえ、たいしたことないですよ。女の子が夜道を一人で歩く方が、よっぽど危ない」
 その言葉に含まれる棘は、姿を現さず距離を取ってこちらを窺っている何者かへ向けたものだったが、静音はそれをどう受け取ったのか、申し訳なさそうに目を伏せた。
「あっ、いえ!別に久遠さんは何も悪くないんですよ。ただ、俺なんかでも一応男ですから、一緒に帰るだけでも怪しいヤツとか不審者が手を出しづらくなるんじゃないかなって。俺じゃあ頼りにはならないでしょうけども」
 慌てて言い繕うと、静音は顔を上げてふるふると顔を左右に振った。
 安っぽい街灯に照らされる黒髪は、そんな中でも宝石のような輝きを返して揺れる。思わず見惚れてしまうほどには、その艶やかな黒髪は綺麗で、
「ううん、そんなことない。とっても…頼りになる、よ?」
「……っ!」
 少しだけ頬を染め、最後の方を躊躇いがちに口にした静音の上目遣いに守羽は自身に駆け巡る衝動を抑えるのに苦労させられた。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで!」
 熱くなった顔を背けて、守羽は来た道を戻るべく一歩を出す。
「あ、うん。また、明日」
「はい。…また明日」
 別れ際の約束事のように、恒例と化した言葉を重ね合う。
 静音が家に入る音を聞き届けてから、守羽は火照った体を冷ますように胸元を引っ張って空気を送り込む。
(危ねえ…これじゃ、ほんとにただの送り狼になるとこだったじゃねえか。何してんだ俺は)
 あと少し自制が効くのが遅れていたら、あの少女の華奢な肩を思い切り抱き締めていたかもしれない。一人の男として、完全に静音の挙動と言動に魅了されていた。
 気を付けよう、と自分が一介の浅ましい思春期少年であることを自覚し直して、さらに気持ちを切替える。
 ここから先は、そんな心構えではいけない。
「……逃がすか」
 静音が家に入ったタイミングで離れ始めた気配を辿り、全身に“倍加”を循環。強化した脚力で一息に対象を追う。
 やはり相手は普通じゃない。屋根から屋根へ飛び移るその相手を視界に入れ、追い付く。相手の頭上まで跳び上がり、右手を強く握る。
 手加減は抜きだ。相手は人間ではないのだから。
 脳天を打ち砕く威力と勢いで、右の拳を落とす。
 手加減抜きの一撃は、相手の腕で容易に防がれた。重力を加算させた打ち下ろしは相手の体を伝って両足から屋根を砕いて拡散した。
「…何者だ、お前。あの人に何の用だよ」
 冷えた声音で問い掛けると、昨夜見たのと同じ風貌の男は拳を受けた腕を軽く振って、そしてこの状況で柔らかく微笑んで口を開く。
「月並みな台詞ですが…どうせこれから死ぬ人間に、名乗る意味はあるんでしょうかね?」

       

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