Neetel Inside ニートノベル
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力に戸惑う彼女の場合は
第八話 『茨木童子』

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(見つ…けたッ!)
 静音の家の近くまで来て、守羽はそれを目撃した。
「……おや」
 自分の記憶が正しければ、静音の自宅である大きな家。その屋根に立つ人外。
 その人外が右腕で小脇に抱えた少女。
 気を失っているらしき久遠静音を物のように扱ったまま、例の人外は少しばかり意外そうにこちらを見ていた。
「生きているばかりか、まだ動けるのですか。中々頑丈な人間ですね」
 屋根から跳び上がり、人外に襲い掛かる。静音を抱えている為あまり派手な攻撃は出来ないが、ひとまず右腕を狙って静音の解放に専念する。
 だが、守羽の攻撃の全てを人外はロングコートを翻して左手一本で弾き受け流していく。
「チッ!」
 明らかに手を抜いているのが分かる動きで守羽を翻弄する人外に苛立ちながらも、守羽は極力冷静に思考していく。空振った拳を開いて、翻るコートの端を握る。
「おっと」
 がくんっと引っ張られたコートに人外の動きが一瞬鈍り、そのタイミングを逃さず人外の顔面へ回し蹴りを見舞う。
「ああ、鬱陶しいですね」
 守羽がようやく捉えた一撃を、人外は手の甲で軽く小突くだけで吹き飛ばしてしまう。足首が爆ぜたかと錯覚するような衝撃に引かれて守羽の体が夏の空に舞い上げられる。
 どうにか空中で体勢を立て直し、別の屋根に両脚で着地する。が、弾かれた右の足首に激痛が残り、感覚的に無事で済んでいないことを理解する。おそらく骨に異常をきたした。
「この恰好も、いい加減窮屈ですね。もうこの街で人間の姿を続ける必要もありませんし、解除して問題ありませんか」
 自分を納得させるように呟くと、仮にも外見は人間そのものであった人外の姿が一変した。
 真夏というのに馬鹿みたいに厚着していた恰好から変わり、その身を包むは片貝木綿の羽織袴の出で立ち。このご時世には時代錯誤とすら思える和装。
 後ろへ流されていた深い紺色の髪は重力に従い真下に垂れて、分けられた前髪から灰色の不気味な双眸が見える。
「テメエ…何者だ。先輩から…その人から離れろ下衆が!」
 その変わり様を見て、守羽の語気が強まる。得体の知れない人外へ投げ掛けた再度の詰問に、相手は嫌々といった様子で仕方なく口を開く。
 正直なところ、外見の変化はそれほどのものではなかった。着ていた服が和装に変わり、髪型が少し変わった程度。だがそれでも守羽が警戒を強くしたのは、たった一点の決定的な人間との差を示す特徴のせいだった。
「この立派な角を見ても低俗な人間風情には判りませんか」
 そう、角。
 今や前髪を掻き分ける役目を果たしている、額に生えた二本の角。それが妙な威圧感を放って守羽の本能的な警戒心を引き上げさせた。
 そんな守羽へ、まだ気付かないのかと言外に落胆の感情を見せてから角のある人外はさらに言葉を重ねて自身の正体を明かす。
「鬼ですよ、大鬼。茨木童子いばらきどうじと言えばそれなりに名は通っているはずですがね」
「茨木……童子」
 聞いたことくらいは、ある。
 それはどこで聞いたのだったか。漫画か、ゲームか、あるいは何かの歴史書でだったか。その辺りは定かではない。
 ただ決定的なことは、相手の存在はそれだけ人間の世界においても広い知名度を誇る存在だということ。
 人外の強さは、単純な知名度と、それに連なる人間の感情の集積によって変化する。
 有名であればあるほど、畏れ怖がられるほど。
 人ならざるものは強く成る。
 単純明快なその仕組みからすれば、この大鬼を名乗る人外は―――、
「また刃向かいますか?」
 和装の茨木童子の言葉に応じるより先に、守羽は背後からの切り裂き音に反応した。側転して頭部を狙って振るわれた爪を避ける。
 奇襲を掛けてきた相手の姿をロクに視界に入れるより早く、敵と断じて守羽の拳が胴体を打ち貫く。
(っ…なんだ、コイツは)
 ガリガリに痩せ細った、骨と皮だけしかない不気味な人型。それが異様に伸びた爪を振り抜いた姿勢のまま守羽の拳を受けて痙攣していた。
「勝てないのがわかっていて、尚挑みますか?人間らしい、実に清々しい愚行ですね」
 さらに守羽の頭上から数体の人外が降って来る。どれも同じく人のような姿をしていながら、苦悶に顔を歪ませるその身体は燃え盛り、爛れ、腐り、見るもおぞましい外見だった。
「ですが私はこれで忙しい。たかが人間一人の為にこれ以上時間は使えません」
「くっ!三十倍!」
 一体の強さはたいしたことはない。だが跳び上がり屋根を這い突っ込んでくる気持ちの悪い人外達の数はどんどん増えて来る。どこから出現してきているのか、一瞬だけ視線を茨木童子の方へと向けて見ると、薄く雲が掛かった朧月に照らされ伸びる茨木童子の影からそれらは際限なく湧き上がっていた。
「最低位の鬼性種きしょうしゅに該当される餓鬼ですよ。こんな程度で良ければいくらでもお相手として差し上げましょう。好きなだけ、地獄の亡者と踊って果てなさい」
 倒しても倒してもそれ以上の数で押し寄せて来る餓鬼に手を焼いている間に、茨木童子は静音を抱えたまま背中を向けてどこかへ行こうとする。
「待てっ、テメエ…待ちやがれ!!」
「私達鬼は口だけ達者で実力が伴わない輩が大嫌いでしてね。引き止める言葉を吐くだけの余裕があるなら、私に追い付く努力をしてみては?…まあ、出来ればの話ですがね」
 嘲るようにそう言って、茨木童子は屋根を跳んで行ってしまう。
「テッ…メェはァああああああ!!!」
その背中を追い掛けようとした守羽の視界は、すぐさまおぞましい餓鬼の群れによって塞がれた。

       

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