Neetel Inside ニートノベル
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 幼い子供が激しく泣きながらくしゃみをするのを、必死にあやす母親。その母親も、目は赤く充血し、子供をあやす反対の手で鼻を頻繁にかんでいる。村はさながら地獄絵図といった趣きだ。
 流行り病はこれまでにもいくつかあったが、これほどに蔓延したのは始めてだった。ヤガミばばの準備が整うよりも、病が蔓延する方が早かったのだ。そういう私も、くしゃみが酷くて当時は痰壷と手ぬぐいが手放せなかった。
 ヤガミばばはこの村1番のまじない師だ。これまでも色々な病気を治してきたし、少しだけなら嵐や洪水など、天変地異を鎮める儀式の心得だってある。ヤガミばばは流行り病が流行り始める前から人知れず準備を始めている。それは神様に捧げる儀式や祭だったり、薬や、場合によっては堀や開墾の普請だったり様々だけど、ヤガミばばがやることはどれも不思議と効果があった。だからこれまではどんな恐ろしい病であっても、ほとんどの村人は罹ることがなかったのに。

 その日も、いつものように村の様子を見て回っているとヤガミばばに出食わした。
「どこほっつき歩いてんだい、探したよ。早く手伝っとくれ」
「ということは、治療を始められるんですか?」
「ああ、祭をやるよ。病人は全員参加だ。でも、その前にこれを口に入れな」
 ヤガミばばが取り出したのは、松やにに黄色い粉のようなものを混ぜたものだった。
「これは?」
「薬のようなものさ。これを舌の下に入れてお祈りするんだ。飲み込んだり吐き捨てたりしたらダメだよ。分かったら他の人の分を配るのを手伝いな」
 見ればヤガミばばの後ろには、この薬が入った沢山の器が用意してある。私は聞いた。
「ばば様、結局この流行り病はなんなのですか?」
「これは杉神様の祟りさ」
 ヤガミばばが出したのはあまり聞きなれない神様の名前だった。
「すぎがみさま?」
「なんだ、知らないのかい。杉神様とはね、読んで字の如く杉の木の神様のことだよ。山の向こうに大きな杉林があるだろう。あれはこの辺りの人が植えたものではない。遥か昔にこの土地の神様が植えたものなのさ。神様が手ずからお作りになったものには、どんな小さなものでも必ず神様が宿る。杉神様は昔から気性が荒くてね。世話役の世話がよくないと、春になって病をばら撒くんだ。とはいえ、今年は特にひどいね。祭のあとも、これで安心とは思わないことだ。少なくとも当分の間杉林には近付くんじゃないね」

       

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