Neetel Inside ニートノベル
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「またカレーか」
 親父が席につきながらボソッとつぶやいた一言で、お袋はブチ切れた。
「そんなに言うなら、自分で好きなもの作って自分で食べればいいじゃない!」
「なんだと! それが疲れて仕事から帰ってきた夫に向かって言うセリフか!」
「いつもいつもいつもいつもそうやって偉そうに! ハイハイ私が悪うございました、どうぞお残しになってくださいまし、これは捨てますね!」
「そんなことは言ってないだろう! 少し愚痴を言っただけじゃないか! そんなことすら許してくれないのか!」
 キレる親父にスネるお袋。いつもの構図だが、だからといって場の空気に慣れるというものでもない。どちらにしろこの喧嘩が冷めるまで飯など呑気に食えそうもない。俺は自室に避難することにした。

 二階から音が聞こえなくなったので降りていってみると、お袋はおらず、親父が一人で腕を組んで座っている。
「母さんは?」
 親父に聞くと、親父はむすっとした声で答えた。
「知らん。出ていった」
 ああこの家の大人はどうして揃いも揃ってこうなのか。こんなんでよく20年間も結婚生活が続いていたなとよく思う。
 キッチンに入ってみると、なんと本当にカレーは捨てられていた。とりあえず何か食うものを作ろうと思ったが、ロクな食材が置いてない。俺が冷蔵庫の中を物色していると玄関から物音がした。癇癪夫人のご帰還のようだ。
「おかえり」
 お袋に声をかけた時に、くぐもった悲鳴と同時に、奇妙な臭いがただよってきた。血のすえたような臭いと独特の生臭さ。振り返ると、お袋が透明なビニール袋を両手に下げて立っていた。袋は片方だけ膨らんでおり、心なしかビクビク震えている。
「あの、お母様、それは……?」
 恐る恐る尋ねると、お袋は目をギョロリとさせ、俺の方を睨んでもう片方の袋を片方投げてよこした。見れば中には大きな出刃包丁が入っている。
「これ、今日の私の分だから。アンタは自分で取ってきなさい」
「取るってなにを」
「決まってるでしょ? 食材は自分の分は自分で用意してもらうことにしたの」
「自分で用意って、俺、晩飯に小遣い使うなんていやだよ」
「あら、何も買えなんて言ってないわよ」
 お袋はそう言うと、返り血のべっとりとついた顔に袋を持ち上げてみせた。
「人間には狩猟というスキルがあるのよ? 足りなければ現場で調達すればいいの。残骸ぐらいは残しておいたから、今日ぐらいは使ってもいいわよ」

       

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