Neetel Inside ニートノベル
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届いた一枚の葉書は、父の訃報だった。
差出人の名前はなし。実家には住所を知らせていないから、恐らく弟だろう。
父との思い出にはいい思い出はほとんどない。仕事人間だったが、家に入れば亭主関白、というより暴君であった。情け容赦のない暴力と癇癪が時と場合を選ばず私たちに襲いかかってきた。今思うと母がアレに耐え続けられたのが不思議なくらいだと思う。中学になるとさすがの私にも自我が芽生え、それはそのまま父との激しい衝突となって噴出した。反抗期特有の嵐のような怒りと、「親父の雷」が家中を覆い尽くし、それは弟も母も何倍も傷付けていたと思う。自我が芽生えたとはいえ他人の心配をするだけの余裕はなく、ほうほうのていで中学を出ると同時に家出で東京のシェアハウスに転がり込んだ。
それ以来実家とは連絡を取っていない。弟にはこっそりシェアハウスの住所を教えておいたら、すぐにフリーメールのアドレスを書いた紙が届いてなるほどと感心した。それ以来メールで簡単に近況報告をしあっているが、両親の話題はほとんど出たことがない。弟ももう大学生なので、実家を出て一人暮らしのはずだ。
もう一度葉書を見る。葬式はもう終わらせているらしい。元々帰る気もなかったが、それなら尚更帰る意味もないか。そう考えながら「なお葬儀は近親者のみにて相済ませました」という文字列を見ていると、ふと棺桶の前で一人座っている母の姿が思い浮かんだ。10年前の自分を殺した控えめな表情のまま、静かに佇む母。あの頃、母は私の味方ではなかったが、父の味方でも決してなかった。誰にも逆らわず、かつ誰にも与せず、何も荒立てぬように身を律していた母は、今どうしているのだろう。今さら義理を立てるでもないが、帰ってみようか、と思った。ついでにお線香の一つも上げるかどうかは、また後で考えるとして。

       

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