Neetel Inside ニートノベル
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読者諸兄は雪を食べたことはあるだろうか。
その気になれば簡単だと思うかもしれないが、そもそも都市部に住んでいると食べる雪に出会うのが中々難しい。年に一度か二年に一度程度しか降らず、ろくに積もりもしないから、すぐ融けてべしゃべしゃになってしまい食べられない。食べるなら山の中だが、スキー場の雪は圧雪されていたり、板のワックスがベッタリついていることが多くて不味い。人工雪も非圧雪ならまだマシだが、味は天然モノには劣る。
偉そうに味の話をしてはいるけれど、僕だって全部食べ比べたわけじゃない。雪を食べるのが趣味の人がいて、僕に教えてくれたというだけの話だ。
雪の話は彼女のお気に入りの話の一つだった。ガールスカウトだかカブスカウトだかの冬のキャンプでいつも行くという雪山のロッジについて、そしてそのロッジの裏庭に積もっている雪について、彼女はよく僕に語って聞かせた。
「絨毯のように雪が敷き詰められているのよ」と彼女は言った。「そこにスキーウェアを着て寝転がって、そして練乳をかけて雪を食べるの」
「練乳を?」と僕は聞いた。当時僕はまだ小学生で、乳製品が嫌いだった。
「そうよ」と彼女は答えた。「練乳じゃなくてもいいわ。カルピスの原液とかかけると美味しいの。お祭りのかき氷なんかよりずっと上品な味がするのよ」
「成分はあまり変わらなさそうだけど」
「そういうことじゃないのよ」彼女は少し自慢そうに、口元を吊り上げた。「天上のアイスクリームなのよ。本当はこの世界じゃない場所でしか食べられないの。貴方にも分かる日がくるわ」
しかし僕が雪の味を分かる前に、彼女は雪山で遭難して世界から消えてしまった。僕は一人この世界に残って、分からない雪の味を探し求めた。雪山でカルピスをかけて食べた雪は確かに美味しかったけれど、僕にとってその味は、天国で食べられている氷菓だとは思えなかった。
山にいない時でも、雪が降ると彼女のことを思い出す。流石にべしゃべしゃの雪は食べられないけど、空に向かって口を開けてみたりする。そうして彼女が空の上から、本当の天井のアイスクリームを落としてくれるのを待つのだ。そうやっていれば、口の中が渇ききるまでは、僕もまだこの世界じゃないところにいられる気がするから。

       

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