Neetel Inside ニートノベル
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「駄目。受け取れないわ」
女が手にした花束と小さな箱を突き返す。男はそれを受け取るそぶりを見せずに食い下がった。
「何故駄目なんだ? 僕は君を愛しているし、君も僕を愛してくれると言ってくれた。それで十分だ。そうじゃないのか?」
「駄目よ。私、貴方に大事なこと隠しているもの。そんな女でもいいの?」
「君は僕を騙そうとして嘘をつくような人じゃない。わざとじゃないんだろ? 受け入れられる。そう信じているよ」
男の言葉に、女は悲しげに微笑む。
「確かにそうね。隠すつもりじゃなかった。ただ、貴方との時間が壊れるのが、怖くて……本当にごめんなさい」
「お、おい! 突然なにを!?」
女はブラウスの裾を握り、上へ捲りあげた。露わになった腰には、万歩計よりも少し大きなサイズのデジタル表示板のある機械。そこから透明なチューブが伸び、白く柔らかなお腹に刺さっている。
「糖尿病なの」
男が言葉を発する前に女が言った。
「1型。高校の時になってから、もうずっとインスリン打ってる」
「気付かなかった……注入器とか使ってなかったし……」
「この機械で24時間ずっと入れ続けてるの。だから日中は糖質とご飯の時間だけ気をつけてれば問題はないって」
「でも、そのぐらいのことなら全然!」
「駄目よ。貴方、分かってない」
男の言葉を女がさえぎる。自分のこととは思えないほど冷徹な声だった。
「1型はね、治らないの。生体移植以外に治療法がないのよ。それもまだ確立してない。どんどん注入量が増えて、腎臓がボロボロになって、そのうち人工透析で寝たきりになるかもしれない。そんな私がどうして貴方みたいな元気な男の人と一緒にいられるの? 子供も産めないかもしれない。産めても、きっと貴方とその子だけを残して先に逝くことになる。そんなこと耐えられる? 私は……耐えられないよ……」
最後は涙で詰まり気味だった。男は黙って歩み寄ると、女を抱きすくめた。
「大丈夫だよ。君の言った通りにはならない、させないよ。俺が絶対、君を先に逝かせはしないから……」
だからこれ以上何も言わずに受け取ってくれ。そう男が言うと、女は静かに涙を流し、頷いた。

10年後、一人の病人が息を引き取った。末期ガンだった。隣にいる女性は、人工透析機を脇に抱えている。目には涙を浮かべている。
「酷いわ。あの時の、こういう意味だったのね……」
嘘の方が何倍かマシだった、と女は呟いた。

       

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