Neetel Inside ニートノベル
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今こうしてコンピュータに向かって書き連ねているメモが皆さんの目に触れる日が来るかどうか分からないが、もしそうであったなら、どうか背後に気をつけながら読んでいただきたい。彼らは強大だが、同時に大変静謐であり、かつ狡猾だ。もっとも奴らは既にインターネットの中にも潜んでいるであろうから、私のこの手記も書き変えられていたり、酷い場合は、とびきり低俗なただの作り話であるかのように歪曲されているかもしれないが。
何から書けばいいのか。要点をかいつまもうにも、この件は全体があまりにも茫洋とし過ぎている。やはり時系列で書くのがよいだろう。その方が私も書きやすい。
切っ掛けは奇妙な患者である。その男が持ってきたのは自分に生えたという鱗であった。とんだ与太話として適当に言って追い返したのだが、一週間後に再来院した彼の肌には、はっきりと癒着した魚の鱗の大群があったのである。
当然に考えられるのは遺伝子疾患である。遺伝子解析を実施したところ、驚いたことに鱗のそれは人間のものとも、またどの魚のものとも一致しなかった。結果はその鱗が「新種の魚」のものであることを示していた。彼の他の部分の組織は(多少モザイク化していたが)人間の遺伝子を保持していたから、これは異常な事態である。田舎の一介の内科医の手には負えないとは思い、遺伝子治療を専門とする大学病院への紹介状を書いた。しかし、恐怖はこれからだった。
まず勤務する病院に放火騷ぎが起きた。ボヤで済んだものの、かの患者のカルテと解析結果は全て消失した。現場では魚顔をした大柄な男が目撃され、後にはぬめりを帯びた水溜りが残っていたと言う。続いて遺伝子解析を依頼した大学に強盗が入り、全ての解析結果のデータが破壊され、研究室の教授が命を落とした。下手人はまたも魚顔の男の集団。遺体はぬめった液体で覆われ、異常な恐怖の余り顔が歪んでいたそうだ。そしてデータの保管部屋は、あまりの生臭さに鼻も曲がらんばかりだったと聞く。
私は仕事をやめた。何者か、あの"魚病"を知られたくない集団が、事実を知った者を消そうと動いているのだ。私は死にたくない。このテキストをネットに公開したら、すぐにも隠遁生活に入る予定だ。その場所はここにも記す積もりはない……いや待て、この臭いはなんだ? ひたひたと響く足音は? 時間をかけ過ぎたようだ、今すぐ逃げなくては……ああ、窓に、窓に!

       

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Neetsha