Neetel Inside ニートノベル
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「やかましいわこの貧乳め!」
 私がそう言った途端、突然けたたましいサイレンが鳴ったかと思うと、世界が赤く染まる。胸を抑えて軽くよろめく百合絵。あちゃー、しまった。うろたえる私をよそにむなしくサイレンは鳴り続ける。
『警告。警告。会話対象に既定値以上の心的外傷発生の可能性』
 柔らかな声で合成音声のアナウンスがサイレンに被って聞こえてくる。うるさいな、もう。そんなにしつこく言わなくても分かったって。むしろここからどうすればいいのか教えて欲しいんだけど。しかし合成音声はいつものごとく決まりきった警告しか喋らない。
 百合絵は先ほどから胸を抑えて立ちすくんだまま動かない。どう声を掛けようか逡巡した結果、取りあえず謝ることにした。
「あのー、ごめん! 言い過ぎた」
 サイレンの音に負けじとつい大声を出してしまい、周囲の人が私の声に反応して怪訝な顔を向けてくる。あー、そういえばこのサイレンの音や警告音声、私にしか聞こえてないんだっけ。注意を促すための演出だとか言っているけど、正直あんまり役に立っていない気がする。
 そのまましばらく様子を伺っていたが、百合絵は動かない。動けなくなるほど酷いショックだったのだろうか。私は段々不安になってきた。警告自体はたびたびあったけれど、これまでは向こうもすぐに反応を返してきてたし、脅かしやがって! と警告に憤りを感じるぐらいだったのに、急激に怖くなってきた。
 百合絵の受けた精神的苦痛が酷いものだったらどうしよう。これからどうしたらいいの、119番? 一体なんて言えばいいのだろう。『友人に酷いことを言ってしまって……』イタズラ電話にしか聞こえない内容だ。病院に直接連れていけばいいのだろうか。どこに行けばいいのだろう。精神科? 心療内科? そういえば最近心の傷にも傷害罪が適用されるようになるとかニュースで言っていた。だとしたら110番通報が先? 傷害罪って非親告罪だよね、え、私前科持ち?
「麗……麗!」
「ファッ!?」
 次々と襲い来る妄想に完全に気を取られ、百合絵の声に気付くのが遅れた。思わず変な声を出してしまい、またしても周囲から怪訝の目線をいただく。警告音はいつの間にか消えていた。
「大丈夫? 顔真っ青だけど」
 何食わぬ顔をしてこっちを心配そうに見る百合絵の顔を見たら、何故だか無性に憎らしくなってきたので、私は言った。
「やかましいわこの貧乳め!」

       

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