Neetel Inside ニートノベル
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「じゃあ暗幕に、防空電球と防空電球傘。品目の数は配給リストに載っているから、後で照らし合わせて確認してね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「あ、忘れていた。あとこれね」
 職員から手渡されたものは、黒い毛が同じ方向に何百本も縫いつけられている薄い網のようなものだった。少し湾曲していて、ちょっと変わったハンチング帽のようにも見える。
「これは何?」
 そうヒカリが尋ねると、職員は突然目の前にハリウッドスターが現れたかのような顔をした。
「何って、あなた、カツラよカツラ」
「カツラ?」
 ヒカリは困惑した。今回は灯火管制に関する道具の配給だと聞いていたのだが。
「だってほら、灯火管制でしょ? あなたのおうちの……」
「父のことですか? 父は別にハゲでは……」
「だから! もう、やだわ若い子って。自分だけが世界の中心だと思ってるんだから」
 職員は急に怒り出した。ヒカリの言うことも聞かず、「次の人が待ってるから速く」と急かす。結局カツラは手に持たされたまま追い出されてしまった。

「もう! なんなのいったい」
 ヒカリはプリプリしながら大通りを歩いていた。片手に市役所の紙袋をさげ、もう片方の手で貰ったカツラをくるくる振り回す。
 配給所に行くのが遅くなってしまったせいで、もう辺りは暗くなり始めていた。灯火管制のお蔭で街灯は付かないし、店は窓に暗幕を張っていて通りはもう本を読むのも難しいほどだ。月も出ていないので、宵の明星がとても眩しく見える。
「貴様! 言うことを聞かんか!」
 突然脇道から大きな怒鳴り声がした。ヒカリが様子を見ようと近付くと、野次馬たちに遠巻きに囲まれながら、近所のおじさんが憲兵に組み敷かれていた。おじさんの禿げ頭には乱雑にカツラが被せられ、それをおじさんと憲兵が手で押しあいへしあいしている。
「貴様のせいでここら一帯を丸焼けにしたいのか! いいから被らんか!」
「いやじゃ! こんなダサいカツラ死んでも被りとうない!」
「ハゲには辛い時代ねえ」
「お坊さまも剃髪する宗派は禁止なんですってねえ」
 ヒカリの真横では奥様方がヒソヒソと話し込んでいる。やっぱりおかしい、とヒカリは思った。彼女の父親はハゲではないのだ。なのになぜ……右手にぶら下げていたカツラをもう一度眺める。
 カツラの長い髪の毛の裏には、『女性用カツラ』の文字があった。

       

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