Neetel Inside ニートノベル
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 土用の丑の日だったので、うなぎを食いに行った。昔から行きつけの鰻屋へ行くと、もう夕方ということもあり、結構な行列が出来ている。鰻は好きだが、行列は嫌いだ。なら土用の丑は外して別の日に食いに行けばいいのだが、存外普段は自分が鰻を好きであるということを忘れてしまう。第一、今日はもう完全に鰻の舌と腹になってしまった。店先から漂うタレの香りだけでもう鰻中枢が痛いほどに刺激されている。もう鰻以外では満足出来そうにない。せめて行列が短くなってくれないか。お前ら鰻の資源保護の為に半分ぐらい帰ってくれよ、と自分を棚に上げてごうつくばりなことを考える。
 結局店内に入るのに2時間かかった。中に入るとまた一段とタレと鰻を焼く香ばしい香りが身体を包み込み、優しく俺の中の鰻を刺激する。注文を取ってくれた店員さん曰く、料理が出来るまで更に1時間ぐらい待たされるらしい。値段もさることながら、時間の点でも鰻はまこと贅沢品である。一食に3時間も4時間もかけるのは古代ローマ人か日本人ぐらいのものだろう。
 待つ時間も食事の一部だという見方もあるが、鰻屋で待つ時間は拷問以外の何者でもない。大体ファミレスとかなら、他の客の注文したメニューを観察したりして楽しむことも出来ようが、鰻屋ではあっちを向いてもこっちを向いてもあるのは鰻、鰻、鰻だけである。鰻屋独自のメリットとしては大将の調理が間近で見られる可能性があることだが、生憎通された席は奥の座敷で、今回はそれを拝むことすら難しい。

 芳香地獄を彷徨うこと1時間、腹ばかりか頭と鼻まで完全に鰻となった俺のもとに、ようやくうな重の松が届けられた。途端に五感が一気に研ぎ澄まされる。今までの間接的な匂いや見た目が紛い物に感じられるほどの圧倒的な濃厚さ。濃い飴色のタレは一口サイズに切られた白身を綺麗に覆い尽し、下を支える白米に滴っている。切り身を見れば中にはプリッとした白い身がギュッと詰まり、皮はパリッと音を立てて破けた。おお、世界よ、これが鰻だ。俺はすぐに限界を悟った。これほどの重厚さ、これほどの熱量を茶と白米のみで受け止めることは困難だ。予算の都合で肝吸は頼んでいなかったが、すぐに追加しなければならない。俺は店員さんを呼んだ。
「はい、なんでしょう?」
「すいません、包丁いただけます?」
「は?」

       

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