Neetel Inside ニートノベル
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 地元の「おふくろ屋」という食堂は、個人でやっている店ながら手頃な価格とあたたかい店内の雰囲気が根強い常連客を呼んでいる。いわゆる『隠れ家的名店』で、私自身も学生時代は何度となく足を運んだ。
 このおばちゃん、不思議と人を引きつけるような魅力を持っていた。というと妖艶な傾国の美女を想像されるかもしれないが、彼女自身は忍たま乱太郎の食堂に勤めていそうな恰幅のいいおばちゃんである。とはいえ、いやむしろその容貌が、どことなく客の気持ちをほぐし、現実世界で荒んだ心を癒してくれる。常連客同士も強い共感や親しさで結ばれており、店内は正におばちゃんを中心とした『家庭』のごとき雰囲気があり、のれんをくぐるたびに実家に帰っているような気分になったものだった。
 不思議と言えば、店で出てくる料理もそうであった。どういうわけか、ここの食堂の料理は、食べるたびに実家の母の顔が思い浮かぶのだ。その理由が味付けにあると気付くのに時間はかからなかった。記憶の中にある『おふくろの味』とそっくりなのだから、実家のことを思い出すのも無理なからんことだろう。
 驚くべきは、この『おふくろの味』現象が客を問わず発生していたことである。当然だが、『おふくろの味』なんてのは個人個人によって全然違う。だから、本来一つの店で出てくる品を『おふくろの味』として共有することなど不可能なはずなのだが、ここのおばちゃんはどういうわけか、その離れ業をなんなくこなしていた。
 一つ「おふくろ屋」に関して印象深いエピソードがある。サークルの後輩を連れていった時のことだ。
「ここの飯は本当に不思議だよ。美味いとは言い切れないかもしれないけど満足することは保証する」
 と言った私に、なんと彼はこう返したのだ。
「この料理、味がしないです」
「まさか。俺にはちゃんと『おふくろの味』がするんだけど……」
「その『おふくろの味』っての、よく分からないんですよね。僕施設の出なんで……」
 なるほど、『おふくろの味』を知らない奴にはおばちゃんの魔法の腕も通用しなかったらしい。私は感心したが、本当の衝撃はここからだった。厨房からおばちゃんが出てくるなり、後輩を見るなり駆け寄って抱き締めたのだ。
「こうちゃん……大きくなったね……」
 こうして計らずも、『息子』が実の息子を『母』に巡り会わせるという感動的な場面が私の手によって出現することになった。

       

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