Neetel Inside ニートノベル
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 土下座するスーツ姿の二人の男。その先には着流しを着た一人の壮年の男が胡座になり、目を瞑って腕組みをしている。やがて着流しの男が口を開いた。
「分かりました。どれほどのものになるか分かりませんが、やれるだけやってみましょう」
「で、では」
「ただし」
 右側のスーツの男が顔を上げる。メガネをかけたその男を目で制すと、『先生』は言った。
「私の作業中は絶対に部屋の中には立ち入らぬようにしていただきたい。絶対にですぞ」

「そう言われると覗きたくなるんだよな……」
 メガネの男は一人、障子の前に立っていた。もう一人の部下は寝室でぐっすり眠っている。
「ちょっとだけ、進捗を確認するだけだから……」
 そう呟きながら、音を立てないように慎重に障子を開けていく。隙間からまず目に入ったのは、巨大な『柱』がゆっくりと動いているところであった。その下には白い巨大な紙がまるで絨毯のように敷かれている。彼ははたと気付いた。あれは柱ではない、『筆』なのだと……。
「ひえっ」
 思わず声が喉を通り過ぎる。慌てて口を手で塞いだがもう遅い。ゆっくりと書家の男がこちらを振り返る時間が永遠にも感じられた。眼鏡越しに目と目が合う。怒られる。そう思った時に、書家は口を開いた。
「逃げなさい……」
 逃げろ? 一体どういうことだ。そう疑問に思い、改めて書家の顔を見据えた彼は、その目が死んだ魚のように濁っていることに気付き戦慄した。光彩に力はなく、こちらを見てはいるが焦点はまるで合っていない。昼間とはまるで別人だった。
「う、わ」
 いつの間にか腰が抜けて尻餅をついていた。恐怖に支配されながら、彼は意識が薄らいでいくのを感じていた。

 翌朝、部下の男は書家の作品を満足げに見ていた。『魂を込める』と言われるだけあり、凄まじい、生気の迸る筆致だ。
「流石ですね。依頼して良かったです」
 部下がそう言うと、書家は顔を曇らせた。
「そうですか。私も完成してホッとしています。もっとも、それで良かったのかどうかは分かりませんが……」
「ちなみに、これはなんと書いてあるのですか?」
「これは『オソレ』ですね。畏怖・恐怖と言った感情が人から溢れ出る様を表現しています」
「なるほど。確かに見ているだけで私も震えてしまいそうになります」
 それにしても上司はどこに行ってしまったのだろう。この書家を推したのは上司自身だ。早くこの作品を見せてやりたいものだ、と部下は思った。

       

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