Neetel Inside ニートノベル
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 口の中に痛みを感じて目を覚ました。洗面所の鏡で確認してみると、米粒大程度の白いデキモノが三つ三角形状に並んでいる。恐る恐るつついてみると鋭い刺すような痛みが口内を駆け巡った。
「ひゃあ、痛い」
 我ながら間抜けな行為に間抜けな声だ。触れば痛いに決まっているのだが、触ってみないと気が済まないのだからどうしようもない。戻って寝ようにもズキズキとしたうずきで完全に目が冴えてしまった。鏡の中の出来物の三角形を改めて見直す。こうして見るとなんだか顔みたいな形をしている。
「チクショウ、寝かせてくれやこのデキモノ野郎」
 そんな風に思いながらもう一度つつく。痛みと共に可愛らしい声が洗面所に響いた。
「痛ってえ!」
「痛い! やめて!」
 それは自分のアホ丸出しの声とは明らかに違う声質のものだった。甲高く澄んだ、強いて例えるなら女子供の出すような声。誰かいるのだろうか? 息を潜めていると、その声が再び喋り始めた。
「あーあ。なるべくバレなようにしてたのにバレちゃったね」
「何だお前。何の話をしている?」
 俺が声に問うと、声はあっけらかんとした調子で答えた。
「僕は口内炎。君の口の中に住んでいる白いデキモノの精だよ」
 俺はあまりの意味不明さに言葉を失ってしまった。口内炎? デキモノの精? なんの話をしているんだ。
 声はこう続けた。
「皆は痛がって僕のことを敬遠するけどさ、僕だって好きで出来るわけじゃあないんだよね。大抵は皆の不摂生から僕は生まれるわけ。言うなれば、生活の乱れを警告する役割を果たしてるんだよね。とはいえ、こうやって喋れるようになることは滅多にないし、中々伝わらないことも多いけど」
「それで? 何のつもりだ」
「あー、やっぱり怒らせちゃった。本当はこんな形で会話するつもりじゃなかったんだ。だけど君があまりにしつこく触るもんだからつい声が出ちゃって。君も悪いんだよ? 口内炎は触ると化膿して悪化することもあるんだ。だから……」
「もういい」
 俺は調子に乗ってベラベラ喋る声を途中で遮って言ってやった。
「いくら息子の声に起こされたからって変なアテレコして困らせるな。クソ恥ずかしいだろ」
「あら、別にいいじゃない。誰が聞いてるわけでもなし」
 声のトーンがガラリと変わった。今度は有閑マダムのような艶のある声だ。
「聞いてなくても恥ずかしいんだよ!! 分かれ!!」
 俺の声は半分泣いていた。

       

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