Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 その村には、もう何日も雨は降っていなかった。続く晴天で田畑は乾涸び、地面は割れ、小川は流れを失い水も汲めなくなった。溜め井戸は底をつき、村でただ一つの湧き井戸は長者の持ち物であったが、長者はケチで意地悪として有名だった。彼は水を汲みに来た村人たちに大量の金品や大仕事、無理難題を押しつけ、村人たちはますます疲弊していった。
 だからその旅人が村に着いた時には、村は荒れ果てて、長者の屋敷以外には何もないような有様であった。旅人が長者に一晩の宿と食事を頼むと、長者はこう言った。
「この村は干魃で大層苦労しておる。お前のような余所者を一晩泊め置くような余裕は到底ないわ」
「そこをなんとか。この辺りには店もありませんし、頼れそうなお家はここしかありません。御礼ならなんだっていたします。路銀もあるだけお渡しします」
「こんなところで金などいくらあっても無駄よ。しかし、もし本当になんでもするというのなら……」
 長者はここで言葉を切ると、旅人の顔をじっと見た。旅人は少し慌てた。
「いえ、何でもといっても出来ることと出来ないことが……」
「雨を降らせてみよ」
「は?」
 突然の言葉に旅人はポカンとした。
「何、降らせろと言っても、本当に降らせるというわけではない。この地方に伝わる雨乞いの儀というのがあってな、村人がやるのが中々難しいのでやってもらいたいということじゃ」
「そういうことなら……」

 雨乞いの儀は、神楽に合わせて舞いながら身体から出る「水」を順番に地面に描かれた村の地図に垂らしていく、というものだった。旅人は神楽を演奏する下男たちと中庭に集められ、長者たちの前で舞うことになった。
 まずは唾。ついで汗、涙と続く。旅人が尿を出し終わると、長者は小刀を取り出し、下男に渡した。
「これであいつの首を突け」
 旅人は驚いた。
「血なら指先にしてくださいませ。首を突かれては死んでしまいます」
「ならぬ。この儀では血が雨のように降り注ぐことが大事なのじゃ。血を噴き上げねば降り注がぬ。首を切らねば血が吹き上がるまい」
 問答無用、と下男が襲い掛かった。旅人は抵抗したが、舞で疲れ切り、抵抗は弱々しかった。
 血は中庭を超えて井戸を濡らし、干魃は続き、村は壊滅した。

       

表紙
Tweet

Neetsha