Neetel Inside ニートノベル
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「どうされました」
 男はしばらくうつむいて黙っていたが、再度医者に促されてしぶしぶ話し始めた。
「最近やけに疲れっぽくて、身体のだるいのが治りません。睡眠時間も増えて……」
「なるほど……最近朝御飯、ちゃんと食べてますか?」
「朝御飯ですか。最近は全く……。元々朝は抜くことが多かったですけど、起きるのが遅くなってからは食欲もめっきり減って……」
 男が言うと、医者は軽く頷いて言った。
「なるほど……軽い夏バテですね」
 お薬出しましょうか、という医者の申し出を断ると、男は診察室を後にした。

「朝食か……」
 照りつける太陽の中を歩きながら男は一人ごちた。子供の頃は親が必ず朝御飯を用意していて、どんなに眠かろうが腹が減っていなかろうが叩き起こされて食わされたものだ。トーストや惣菜パンを味噌汁で流し込んだ記憶が甦る。口をつけた味噌汁には、いつも塗ったマーガリンの油が膜となって浮いていた。
 そう、味噌汁だ。思えばもう何年も飲んでいない気がする。せいぜい牛丼屋の薄い味噌味のお湯を飲んだ程度だ。男は実家の味噌汁の味を思い浮かべた。飲みたいなぁ。
 その時、向こうの煙草屋の横にある自販機が目に入った。もう真夏も本番と言うのに、冬の定番であるおしるこ、コーンポタージュ、その横に。
「味噌汁……」
 男は思わず辺りを見渡した。タイミングが良すぎる。何かのドッキリだろうか。そんなことを思いながらも、正直な気持ちを反映するかのようにその手には既に硬貨が握られていた。

 出てきた味噌汁の缶は普通のスチール缶だ。包装の味噌汁のやる気のなさそうな写真がちょっと可愛らしい。プルタブを開けると軽くプシュと音がして、ダシの香りがかるから漂ってきた。
 一口飲もうとして、男は異変に気付いた。
 缶が熱くない。
 慌てて自販機を確認する。表示は「あったか〜い」なのだが、喉を流れる味噌汁は完全に常温。別な言い方をすれば「冷めている」。
 煙草屋の軒先の注意書きが目に飛び込んできた。
「この自販機は全て常温で出ます」

       

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