「じゃあ大怪我や急病で倒れて動けなくなっている人はいないんですね?」
白いヘルメットを被った男がそう言うと、家主の夫婦は顔を見合わせた。
「いや、いないといいますか……ね?」
「うむ……」
「ですから、いないのでしょう?」
「いや、呼んだ時点ではうちの娘は確かに大怪我をしていたんだ」
夫が少し顔をしかめると、妻もそれに同調して言った。
「そうです! 頭がぱっくり開いて、血がドクドク出て、もう見るだけで恐ろしかったわ……」
「じゃあ今はどうなんです?」
「それは、まあ……」
救急隊員が問うと、二人はまた煮え切らない態度に戻った。また狂言通報か、と隊員は思った。
「では私たちは失礼します」
「ちょっと、待ってくださいよ!」
隊員が帰ろうとすると母親は金切り声を上げて行く手を遮った。
「娘を見捨てるんですか!?」
「あのですね」
隊員は軽く溜息をついて言った。
「娘さんの命に別状はないんでしょう? でしたらご自宅の車で、ご自分で、普通に来院されたらいいじゃないですか。救急車は、緊急搬送の必要がある場合に使うものですよ」
「でも、どうせ帰るんでしょう? ならついでに乗せていってくれてもいいじゃないですか!」
「救急車が帰るのは消防署です。病院じゃないですよ」
隊員は母親を適当にあしらおうとしたが、母親は存外しつこかった。
「お願いよぉ〜……確かに怪我はよく分かんないけど治ったの、けど意識は戻ってないの、心配なのよぉ〜」
「ちょ、ちょっと止めてください、離して」
母親は涙を浮かべながら隊員の足に縋りついてきた。隊員が慌てていると、後ろのドアから旦那が現れた。腕には少女をだき抱えている。話にあった娘だろう。
「頼む、診てやってくれ」
父親は少女の身体を隊員に差し出した。少女の顔は傷一つなく、怪我をしていたとは到底信じられない。目は閉じられており、小さく上下する胸が生きていることを伝えていた。
隊員が少女の頬を軽く叩くと、少女の目がゆっくりと開いた。
「おじさん、誰?」
「寝てるだけじゃないですか!」
隊員が思わずずっこけると、ドシン、という衝撃と同時にグキッという音がした。下からは変に柔らかい感触が伝わってくる。
縋りついていた母親は屈強な隊員の下敷になっていた。ピクリとも動かない。
三人は顔を見合わせた。
「急患ですかね?」
「ですかね……」
「じゃあ私、付き添い!」