Neetel Inside ニートノベル
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「オムライスが食べたい……」
 それは妻のぼやきにも近い小さな呟きだったが、夫は機敏に反応した。
「ちょっと待っていろ」
 言うが早いか、彼は自室から怪しげな家電の箱を取り出してきた。
「全自動オムライス製造機だ」
 聞かれてもいないのにそう説明すると、夫は箱を抱えて台所に入っていった。妻は突然のことに少しぼんやりとしていたが、ハッと気付くと慌てて夫の後を追った。明日の食材やらなんやらを使われたら大変だ。自分の聖域は死守しなくてはならない。

 台所では既に夫が店を広げはじめているところだった。電子レンジの中に圧力鍋が入っているような機器を前にして、難しい顔をしながら説明書を読んでいる。
 妻は内心ほっとしながら、夫への説得を試みた。だが夫は想像以上に頑なだった。
「ねえ、いいからさ。今日はもう違う料理準備したの。だからそれ使うのはまた今度にしよ?」
「あとちょっとで使い方が理解出来るから、それまで待ってて」
「さっきのはさ、ちょっと昼間のテレビ思い出しちゃって。だから別に何でもないのよ。私作るからさ、大丈夫だって」
「いやいや、たまには僕に作らせてよ。いつも任せちゃって悪いと思ってるんだ。ホラ、来週の母の日の予行演習も兼ねてやるからさ」
 この言葉を聞いて妻は眩暈を起こしそうになった。母の日! 来週も似たような押し問答と得体の知れない機械製オムライスを食わされてしまうのか。
 いや、この際来週は諦めよう。むしろここで予告してくれたことで予定が狂わずに済んだ。それよりも今日の献立だ。なんとしてもこの頑固親父の頭を解き解して本来の献立に立ち戻らなくてはならない。
「分かった。そこまで言ってくれるなら作って。でも、私今日の分の下拵え全部終わらせてあるの。だからそれ使わないと勿体ないのよ。だから悪いんだけど、メニューは予定通りにして? お願い」
 必死の思いが通じたのか、夫はしばらく黙ってから、頷いた。
「分かった。じゃあその材料を使ってオムライスを作ろう」
 そこからは悪夢だった。得体の知れない機械の中に放り込まれていく下拵えの済んだブロッコリー、ピーマン、挽肉、プチトマト……そして生の米。せめて炊いてくれと泣きつく妻を、「説明書にあるから」の一言で夫は軽く撥ねのけた。
 翌朝、大量の生ゴミが捨てられているゴミ箱を見返しながら、来週までになんとしてもこの機械は捨てようと妻は思った。

       

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