Neetel Inside ニートノベル
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「おーい、周り見てないと危ないぞ!」
 老人が怒鳴り声を上げると携帯端末を握った若者たちの集団は「すいませーん」と口々に呟きながら蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。その後ろ姿と入れ替わりになって、別の若者の集団がやってくる。手に抱えているのはやはりタブレットやスマートフォンなどの携帯端末だ。
 老人は鼻を鳴らした。もうこれで注意したのは幾度目になるだろう。原因は分かっている。最近発売された何とかいう新しいゲームだ。そのゲームは空想世界だけでなく現実世界と関係があって、その遊ぶ場所の一つにここの店先にあるからくり人形が選ばれた、ということを老人は理解していた。
 老人は別にゲーム反対派というわけではない。そりゃ何の断りもなく軒先がゲームスポットになっていたと知った時にはイヤな気持ちにもなったが、考えてみれば昔からこの辺りはガキんちょ共の縄張りだった。一昔前には勝手に遊び道具やらエロ本やら隠し場所を作られていたこともあったほどだ。その頃と比べれば、今の子供たちの大人しいこと。ならば、自分だって昔と変わらず、危ないことや横着やっている(大きな)ガキを注意するのが一番いいのではないか。そう考えたからこそ、こうして老骨に鞭打って久しぶりに店先の番を買って出たのだ。
 そう、頭で分かってはいるのだ。これは怒るようなことではないと。自分で勝手に始めたのだから、厭なら止めたらいいのだ。それでもこう何度も何度も同じことばかり注意していると、流石にイライラが募ってくる。老人が「歩きスマホ」への声掛けを始めてからもう一週間、子供はほとんど来ず、やってくるのは同じ大人の集団ばかりだ。しかも彼らはゲームに夢中で老人に挨拶一つ寄越さない。恐らく毎回同じ人物に声を掛けられていると気付いてさえいないだろう。
 いやむしろ、と老人は思った。彼らのことを同一人物だと思っている自分の方が間違いなのではないか。同じようにスマホを掲げ、同じような髪型に同じような鞄と服を着ている。だからと言って安易に同一人物だと思い込んではいなかっただろうか。きっとそうだ。今度からはもっとちゃんと顔を見ることにしよう。そう決意した老人の前を、また一組の集団が通り過ぎる。
 彼らは全て同じ金属製の肌をしていた。

       

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