Neetel Inside ニートノベル
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朝は嫌いだ。嫌いな奴と、それからもっと嫌いな奴の顔を見なくちゃならない。
鳴り出した目覚ましを一瞬で止めると、私は音を立てないようにしながらじっと耳を澄ます。しばらく待っていると、大小二つの足音と少しの話し声。やがてドアの開いて閉じる音が聞こえたら、そこからようやく私の一日の始まり。私はそそくさと起き上がり、朝の準備を始める。
食堂に顔を出すと、幸い奴はキッチンの中。そそくさと食卓に用意されている食事をかきこむと、私は音を立てないようにそっと部屋を出た。いつもの動きだ。
「あ、また勝手に食べて! もう、いただきますといってらっしゃいの挨拶はー?」
後ろから聞こえる姉の声にべーっと舌を出してから私は家を出た。

帰り道、友達と別れたあと、私はすることもなく商店街をうろつく。ふと、曲がり角の花屋が気になった。普段は薄暗くて誰もいないのに、今日は店前に張り紙がデーンと貼ってあるし、奥のカウンターに店員さんもいる。
『母の日当日配達受けたまわります』
そうか、週末は母の日か。そう思って通り過ぎようとした瞬間、店員さんと目線が合ってしまった。笑顔を無視することも出来ず、私は店に入った。いいや、どうせ暇だったし。
「いらっしゃい。贈り物?」
「いえ、普段あんまりやってるところを見ないので、珍しくて……」
「あら、普段も営業してるわよ? まあ、今は書き入れ時だから」
店員さんはニコニコしながら私の顔を覗き込んだ。
「お母さんと上手くいってないのかしら?」
「なっ……」
「気を悪くしたらごめんなさいね、なんとなくそんな気がしたから。でももしそうなら、母の日はチャンスよ。ほら、これサービスよ」
出てきたのは、1輪のカーネーション。
「当日渡してごらんなさい? きっと上手くいくわ」
そう言って、私の手に握らせてくる。それをしばし見てから、私は彼女に花をつきかえした。
「いいです、サービスとか。ちゃんとお金払います。それと……」
目をパチパチさせる店員さんに、少し頬が熱くなるのを自覚しながら私は聞いた。
「1輪からでも、配達はOKですか」

別に、嫌いであることが変わったわけではない。明日からはまた静かに朝をやり過ごして、夜顔を合わせないようにする生活を続けるつもりだ。
そう、これは自己満足。私の良心をなだめるための、押しつけのカーネーション。それでいいなら、くれてやる。

       

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