Neetel Inside ニートノベル
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 始業前の10分15分は、学生にとっては恰好のダベり場だ。少年が友人たちと雑談に興じていると、また一人仲間がやってきた。先週の土日に家族旅行だったのでそれでしばらく弄ってやろうと少年は声をかけた。
「おっす。旅行どうだった?」
「どうもこうもねえよ。親は怒るし妹はうぜえし、家と変わらんぜ」
 友人はつまらなさそうな声をして答えたが、その顔は日に焼けていて、かなり旅行を楽しんだものと思われた。
「そうは言うけど、割と遊んだんじゃないの? どこ行ったんだっけ?」
「湘南だよ。ぶっちゃけもう何度も行ってるし、海しか見るものないし。はいお土産」
 少年が手渡されたのは鉄製の風鈴だった。この寺の釣鐘を模した形をしている。上から伸びるヒモをつまんで軽く振ると、風鈴は軽やかに『ホーホケキョ』と音を立てた。

 辺りを微妙な沈黙が包み込んだ。

「どうやって使うの」
「うい?」
 突然の問いに友人が反応出来ず顔をしかめる。
「や、これ普通の風鈴じゃないじゃん。じゃあ使い方も普通と違うんかなと」
「ああ、店のおっちゃんが言うには暑い時に窓に下げるといいらしいぞ」
「それじゃあ普通の風鈴と変わんないだろ。もっとうぐいすの仕掛けを活用した方法をだな」
 少年は改めて風鈴を見つめた。開いた窓から吹き込んだ風が風鈴のベロを揺らし、また『ホーホケキョ』と音を立てた。
「だからまさにそれなんだって。窓に下げておくと、夏のじめじめした熱風が春の適度に乾燥したそよ風に変わるらしい」
 そんなことあるわけない、と少年は思ったが、ここでムキになるのも意味がないと思えた。
「分かった分かった。じゃあ今日一日ありがたく使わせてもらおうかな」
 少年はそう言うと、席の横の窓枠に、風鈴をくくりつけた。風鈴が震えて、『ホーホケキョ』と鳴いた。
 一同はしばらく黙って風鈴を見ていた。風が外から吹き込むたび、風鈴は春を告げる。風の温度は、確かに気持ち涼しいように思えた。
「どう、皆?」
「んー確かに涼しいかもしれん」
「鳴き声のお蔭で春と錯覚するわー」
「ぶっちゃけ買った俺も半信半疑だったけど、これは効いてる感じするわ」
 友人には概ね高評価のようだ。しかし少年は重要な事実を指摘することにした。
「いや、でもこれ正直使えないだろ」
「え? なんでよ。涼しいじゃん」
「うん、風は涼しい。けど……」
 少年は立ち上がると、ばっさりとカーテンを締めた。
「日射しが暑いままだわ」

       

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