Neetel Inside ニートノベル
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 その日、夕飯前に帰ってきた娘が部屋に入ってきた。
「お父さん。いいもの上げる〜」
 娘は両手を後ろに組みながら満面の笑みを浮べている。普段はゴミを見る目でしか俺を見ないのに。
「なにかな〜」
「えへへ、内緒〜」
「んー、虫さんかな?」
 俺が当ててやると娘は目を丸くした。
「すごーい! どうして分かったの?」
「ちぃちゃんは虫が好きだからね」
「へへへ。そうだよ、大好き」
 娘はそう言うと鼻の頭を軽く指で擦った。そう、娘は虫の観察と採集が趣味なのだ。これまでも外に出掛けては体中泥まみれにしてたびたび虫籠に芋虫やらセミの抜け殻やら集めていた。虫めづる姫君である。
「じゃあ早くちょうだい? もうすぐご飯だから、手洗ってこないとお母さんに怒られるぞ」
「そっかー、そうだね。じゃあ、それっ」
 娘にそう言うと、娘は両手を開いて中身を放り投げた。ソレは娘の手を離れると綺麗な弧を描き、一気に窓の外へと飛び立つかに見えたが、途中で力尽きてそのまま床にコロンと落ちると、そのまま止まって動かなくなった。
 それはセミだった。
「セミさん、捕まえたんだけど、動かなくなって飛んでくれないの。だからあげるね!」
 娘はそう残酷に言い残すと、洗面所へと走り去っていった。
 俺は残されたセミを見た。ピクリとも動かない。死んでいるように見えた。
 いやいや、油断してはいけない。セミは終盤には死にかけだけどまだ死んでいない状態で、近付いたりうっかり触ったりすると最後の力を振り絞って暴れ回り、心臓の弱い人々の天敵となる。俺自身も死にはしないが心臓の弱さは折り紙付きで、これまでセミの死骸には極力近付かないように回避していたのだ。
 じっくり外から観察する。やはりセミは動く気配がない。死んでいるなら、弔うにせよ捨てるにせよ、掴んで移動させねばならない。しかし、死んでいるかどうか。それは触ってみなければ分からない。
 いや待て。さっき娘が掴んでいたが、セミは暴れていなかったではないか。ならきっと大丈夫だ。あのセミは死んでいるか、とても暴れる気力がないかのどちらかだろう。
 俺はセミの死骸を掴んだ。

 その日一軒の民家が爆破テロに巻き込まれ、親子2人が遺体で発見された。父親の死体は粉々に吹き飛ばされており、発見には時間がかかると発表された。また、犯行には新型の虫に擬態した爆弾が使用されたと報じられた。

       

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