Neetel Inside ニートノベル
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 それは、異様な光景と言って良かった。
 竹で編まれた巨大なウォータースライダーの至るところに櫓や梯子が立てかけられ、そこに人垣が鈴なりになっている。スライダーレーンのカーブの外側には人の顔が居並び、全員が全員判で押したように箸を構えている。
 レーンは流水で満たされており、時々勢いよく撥ねた水が周囲の顔に飛び散る。しかし、それを気にして顔を拭ったり、目をつぶったりするような者は誰もいない。誰もが真剣な顔をして、じっとレーンを見つめている。
 わっ、と上流の方が沸きかえった。『上流』というのは、この場合我々が注目している場所から見て水が流れてくる方向、という意味である。実を言えば、このスライダーには終点がなかった。レーンは全て継ぎ目なく接続され、下りだけでなく登りも存在している。終わりもなければ、人が滑り始めるような入口もない。登りの部分を水が遡って昇っていく様子もまた、異様の一言であった。
 ともかく上流が盛り上がり始めて程なく、レーンに動きがあった。水流に乗って、何かが流れてきたのだ。それを認めるや否や、回りの空気が変わった。ただでさえ真剣な目つきが更に輝きを増す。前方の一人が箸を持った手をレーンの中へと突き伸ばす。それを合図にして、前から後ろから、堰を切ったように箸を持った手が次々とスライダーの中に突っ込まれ、水の中を荒らし回る。その外では、人間たちが良いポジションを求めて後ろから横から次々と身体を押しあいへしあいし、さながら地獄絵図といった趣きだ。
 しかし、水の中の白い塊は箸の雨を器用にかい潜っていき、中々捕まらない。塊は上流から次々流れてくるが、下流へと次々逃げていってしまう。きっと上流でもこうやって人の手から逃げてきたのだろう。そうこうしているうちに塊はほとんど流れ去り、ついにはいなくなってしまった。
 その時、スライダーに囲まれた内側で大きく旗が振られたのが見えた。黒と白のチェッカーフラグ。それを見た瞬間、周囲の興奮が一気に下がった。昼食を失った落胆だ。素麺たちは規定の周回を終え、ゴールしたのだ。素麺たちは人に食われるリスクを負う代償として、完走すれば今後食用に供されないで済むという契約を結んでいる。あれが最後の一周だった、なんとしても捉えなければならなかったと嘆いても、もう流れてくることはない。流し素麺GPはこうして終わった。

       

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