Neetel Inside ニートノベル
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「この奥にある廃屋、『出る』らしいよ」
「『出る』って? 幽霊が?」
「うん、姿かたちは見えないらしいけど、夜な夜な怪しげなラップ音が聞こえるらしい」
 一組のカップルが坂道を登りながら怪談話に興じていた。
「ラップ音って何?」
「なんか、手を叩いたりとか、壁をバシバシしたりとかする感じの音だよ。ホラ、ポルターガイスト現象って奴」
「ふーん。でももしそのラップ音ってのが本当だとしたら、『出る』のは幽霊じゃなくて、そのポスターなんとかなんじゃないの?」
「ああ……そう言えばそうだけど……」
 彼女のノリが思ったより悪いので彼氏はバツの悪そうな顔をしていたが、それでもめげずに言った。
「だからさ、確かめに行こうぜ」
「えええー」
 彼女は露骨に嫌そうな顔をしていたが、彼氏は半ば強引に説き伏せた。
「大丈夫! ちょっとだけだから! ちょっとだけ! 気になるでしょ?」
「いやー別に……」
「いいじゃん、ほらほら! 行こう行こう!」
 彼氏は彼女を引きずるようにして、坂道奥の洋館の敷地に入っていった。

「ねえ、これ不法侵入じゃないの?」
「大丈夫だよ、塀の周りをちょっと回るだけだから……それに前の持ち主が死んでから30年ぐらい経つけど、新しい持ち主はここに来たことはないんだって」
 未だ乗り気でない彼女をなだめすかそうと必死の彼氏を彼女が制した。
「黙って」
 やっちまった、という顔をして彼氏が黙ると、彼女は少し顔を緩めて言った。
「そんな顔しないで。ほら、何か聞こえない?」
 彼女の言った通りだ。聞こえるのだ……カチ、カチと何かを弾いてぶつけるような音が……。彼氏は音のする方向へ目をこらした。闇の中に音に合わせてチカ、チカと火花がまたたいている。ラップ音に、人魂か。
 カチカチというラップ音は断続的に続いている。が、よく見ると人魂の光の強さはまちまちだ。音が鳴っても光らない場合もある。ふと彼女が声を上げた。
「あれ、ライターじゃない?」
 彼女が指差したのは、果たして宙に浮いた100円ライターが一人でに動いている様子であった。闇夜にきらめく火花は、ライターの火打ち部分が光って見えていたのだった。カチカチというラップ音もライターの音に違いなかった。
「どうして、ライター?」
 彼氏が静かに息を吐くように呟くと、浮かんでいるライターの方から、まさに幽霊に相応しいようなか細い声が答えた。
「人魂が、つけられないんです……」

       

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