Neetel Inside ニートノベル
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『そういう時はとにかく激しく抵抗しなさい。相手を人だと思うな』
 スマホでそう書き込んで送信すると、ややあって新しい文章が下からポップした。
『抵抗って、具体的にどうするんですか?』
『振り向き様に頭突きでもかましてやるんだ。下手に気取って金的とか目潰しとか狙わない方がいい』
『そうなんですね。弱点狙えって言われるかと思ってました』
『弱点狙うのは難しいんだ。生半可に齧って素人が出来るようになるもんじゃないし、男に力で抑え込まれたら終わりだ。一撃必殺を狙え、顎に攻撃して舌を千切ってやれ』
 最近流行りの『質問アプリ』。質問者が匿名の立場で投稿した質問から、回答者が自分で答えられる範囲のものを選んで回答を書き込んでいく。質問者と回答者の間では一時的にチャットルームが作られ、そこで回答の補足や追加質問が出来るような仕組みになっている。
 最近の私の中で、こうして若い女性に護身の心得を回答するのが私のささやかな息抜きになっていた。過去にカブスカウトで習った簡単な実践護身術だが、今の若者には新鮮な内容も多いらしい。口コミで評判を呼び、今ではちょっとした人気回答者になっている。いい事をしたという感覚もあるし、異性に頼られる感覚があるからか、ストレス発散にもなっている気がする。
 回答を終えた私は前に視線を向けた。深夜の歩道は人気が少ないが、それでもこの辺りは住宅街なだけあり、帰宅を急ぐ人がちらほらといる。歩きスマホはよくないが、こうでもしないと人気回答者とサラリーマンの二足のわらじは履けない。
 と、前に居た女性のかばんから何かが落ちたことに気がついた。近付いて拾い上げてみれば、個人情報の塊たる手帳である。これはいけない。背中を追いかけて声をかける。
「あの、すいません。落とし」
 女性は振り向きざまにもの凄い勢いで頭を突っ込ませてきた。突然のことに反応が出来なかった私はそのままモロに頭突きを顎に貰ってしまった。そのまま後ろ向きに頭から倒れ込む。
「が、ま……」
 痛みをこらえて目を開ければ、私の上で女性がこちらを指差して何か言っている。返さなくては。とにかくその意識だけが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「受け、取って、下さい、グフッ」
 地面に仰向けに倒れ込んだまま手帳を差し出した私は、そのまま金的を食らって意識を手放した。
 そうか、金的、トドメには効果的なんだな。それが最後に私が感じたことだった。

       

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