Neetel Inside ニートノベル
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「今日は楽しかったねー」
 遊園地からの帰り道、弟の手を引きながら話しかけると、弟は少し逡巡してから「うん」と答えた。
「どうした? そこまででもなかった?」
 違和感を感じた私が「気を使わなくてもいいのよ」と声をかけると、弟は慌てて首を振った。
「そうじゃないけど……もっといたかったなぁ、って」
「ああ……」
 弟は聞き分けのいい子だ。今だってこうして私が聞かなければうっかり本音を漏らすようなこともなかったはずだ。大事にしまって家まで持って帰るつもりだったのだろう。
「見られるよ」
 え、と驚いた顔をした弟の手を引くと、私は踵を返して遊園地の方へと歩きだした。
「で、でももう閉園時間間近って……」
「大丈夫! お姉ちゃんに任せなさい!」

 閉園間近の遊園地は昼間の喧騒が嘘だったかのような侘しさだ。人もまばらだし、夕日の差して長く影を伸ばした遊具がまた哀愁を誘う。そんな遊具の一つの陰にあるロッカーのような建物の前へと私は来ていた。背丈が小さく、大人が入れるような場所ではない。昼間もしもの時にと思って見繕っておいた場所だ。
「どうするの?」
「もうすぐ閉園後の見回りが来るでしょう? それをやり過ごすためにここに隠れるのよ」
 扉に手をかけたが開かない。おかしいな、昼間は開いていたはずだが。扉を見返してみても、鍵穴らしきものは見当たらない。
「仕方ないわね。次のところにしましょう。おいで」
 ところが、見繕っておいた場所はことごとくが閉まっていたり移動してなくなっていたりしていた。全て撤去されたのかとがっかりしたが、本当の理由はそうではなかった。最後に向かった総合案内所脇のトイレの個室をこじ開けようとした私に、中から声が聞こえたからだ。
「帰れよ! ここはもう今日貸切なんだ!」
 単に鍵が掛けられているだけかと思っていた私はびっくりした。
「あんた誰? 貸切ってどういうこと?」
「お前こそ誰だよ! この遊園地は夜、俺たち地元の奴らが占有して遊ぶって決まってるんだ。部外者は立ち去れ!」
「もしかして、これまであたしが見てきた隠れ場所は全部あんた達が使ってたってこと?」
「その通りだ! 俺たちがこの遊園地を占拠した!」
「それってさ」
 それまで黙っていた弟が口を開いた。
「立ち去るべきはあなた達なんじゃないかな……」
 トイレの扉は黙り込んだ。

       

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