Neetel Inside ニートノベル
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「いやー、この子可愛いー」
「でしょう? つい昨日『入荷』したばかりで、一番人気の品種なんですよー!」
「『触って』みてもいいですか?」
「どうぞどうぞ! お好きなだけ『体験』も出来ますよ」
 店員が空中に腕を伸ばすと半透明の長方形の『窓』が浮かび上がり、続いて周囲の『風景』が腕の中の子犬を除いてバッと切り替わった。よくあるモデルルームのような感じの場所だ。気付けば店員の姿も消えている。何もいない空間から声だけが聞こえた。
「この空間にて、お買い上げいただいた場合の新生活やお世話の簡単なシミュレーションが出来ます。お部屋の間取りは変えられますので、御気軽にお申しつけくださいませ」
「すごーい。VRだとこんなことも出来るんですね!」
「はい。技術の進歩は素晴らしいですから」
「でも、この子をこの場で買うことは出来ないんですよね?」
 無邪気な客の質問に、店員の声が少しこわばった。
「確かに直接お買い求めいただくことは出来ませんね。犬のような大きな生き物の場合、通信販売も難しいですし」
「でしょう? どれだけ可愛くても、買うのは実際の店舗じゃないと駄目なのよね……」
「いえ、実は最近、VR店でも販売業務を始めたんですよ。ご自宅に3Dプリンタはありますか?」
 客の溜息に被せるように、店員がゆっくりと言った。
「3Dプリンター? でもあれ、出てくるのプラスチックって聞いたよ? 生き物は無理なんじゃ……」
「普通は出力出来ません。ですが、ある特殊な方法を使えば、動く『この子』をどこにでも連れ出せるようになりますよ」
「えー……ホントかなそれ……」
「なら試してみてください! 1週間までなら返品も対応しますから」
 客は半信半疑だったが、結局店員に押し切られる形で購入して試してみることになった。言われるがまま3Dプリンタの設定をして、待つこと1時間ほど。
「こちらのデータ送信は全て終わりましたね。出力の調子はどうですか?」
「プリンタの動きが止まったからもう出てきてるはずだけど……全然音がしない。動いてないみたいだけど?」
「あーそれは問題ないです。出てきた子犬の成形品に、今から言うマークを黒のサインペンで塗って下さい」
「マーク? それを塗るとどうなるの?」
「貴方のアニマが成形品に移って、成形品が生きているかのように動くことになります。ARの上では」
 転写したマークは、紛れもなくARマーカーだった。

       

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