Neetel Inside ニートノベル
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「ねえお母さん、卵ない?」
 息子が珍しく台所に顔を出したと思ったらこんなことを聞いてきた。
「卵? そりゃあるけど、何? 何かに使うの?」
「うん、殻がいるの」
 図工の授業で材料として使うらしい。イースターエッグで作るのかな。
「じゃあ冷蔵庫の中から必要なだけ選んでいっていいよ。中身は割ってこのボウルに入れておいてちょうだい」
「分かった」
 息子は真剣な顔をして卵を一つずつ手に取り悩んでいる。どれも大体一緒よ、と声を掛けたいのを我慢して、私は夕飯の準備に戻った。

 翌日。卵焼きを作ろうと卵を割った私はびっくり仰天した。中から出てきた卵は、白身が半透明に色付き、黄身が固まっていたからである。ペロ、と舐めるまでもない。見るからに温泉卵だった。
 慌てて冷蔵庫の中の他の卵を振ったり割ったりして確認してみるが、生卵のものは一つもない。まさか、間違えて買ってきたのか。いやいや、昨日使った分は普通に生卵だった。とすれば……。
「コラー! アンター! 起きなさい!」
 なにが卵の殻が必要だ。卵にイタズラしたかっただけじゃないか。しかも茹で卵にするんじゃなくて温泉卵にするなんて、なまじ手が込んでいる。許せない……。ところが現れた息子は困った顔をして言った。
「僕、そんなことしてないよ」
「あんた以外に誰がいるの! じゃあ何か、私がこの卵を全部温泉卵にした後記憶喪失にでもなったっていうの?」
「そ、そんなこと言ってないよ」
 怯える息子を前に私は深呼吸して怒りを鎮めた。反応からして息子は犯人ではない。では一体誰が? 消去法で言えば夫だが、流石にこんな幼稚な真似をするほど子供ではないと思う(思いたい)。ああ、ていうか弁当に入れる卵焼きどうしよう。温泉卵そのまま入れるんじゃ弁当箱の中でぐちゃぐちゃになってしまうし。それに卵の特売のある明後日までどうやって卵なしで繋ごう……。
 不意に手の平に熱い感触が来て私は跳び上がった。見れば、息子が心配そうな顔をして私の手を握り締めている。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫だから、離して熱い熱い熱い」
「ホントに? ホントに大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、今は大丈夫だけどそのまま握られていると大丈夫じゃなくなりそう……」
 ようやく手を離してくれた息子を見ながら、私は確信していた。原因はさっぱり分からないが、犯人はコイツで間違いない。

       

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