Neetel Inside ニートノベル
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 一杯飲んで口が滑らかになった先輩から飛び出したのは予想通りのカミングアウトだった。
「彼氏と別れたの……」
 しめしめ。僕はしのび笑いをした。事態は思い通りに進んだようだ。しかしここで気を緩めてはいけない。まだまだ善良な後輩を演じなくては。僕は真面目な顔を取り繕うと尋ねた。
「何かあったんですか? あんなに仲が良かったじゃないですか」
「……スパムがね……」
「スパム? 迷惑メールとかのスパムですか?」
「違うのよ。いや、そうなんだけど、違うのよ……」
 泣きじゃくる先輩をなだめながら聞いた別れ話の経緯を纏めるとこうだ。
 付き合ってから3年、同棲を始めて半年ほど。彼はロースクールで司法試験に向けて勉強中で、先輩はそれを支えるという生活を続けていたらしい。彼氏を勉強に専念させるために、先輩が生活費を『貸す』という形で援助していたのだそうだ。もちろん若手社員の給料から二人分の生活費を出すのは並大抵のことではない。そこで、『スパム』を使うことになったのだ。
 『スパム』というのは、時を同じくして先輩の家に送りつけられることになった大量の缶詰のことだ。差出人は不明で、手紙なども同封されず、ただ毎日もの凄い量の『スパム』が送りつけられる。先輩は警察に相談したが、『開封された形跡もないようだし、ありがたくいただいたらどうか』などとあしらわれたらしい。捨てるのも勿体ないし、食費も浮くし、ということでありがたく食べるようになったのだそうだ。
「それでね、ある日彼が、『もう飽きた』って……」
 連日連夜スパムを食わされるという状況に、どうやら彼氏がブチ切れて出ていってしまった、ということらしい。
「私だって好きで毎日スパムを煮たり焼いたりしてるわけじゃないし! 全部彼のためを思って……!」
「そうですか、辛かったんですね……」
 震える先輩の肩を抱きながら僕は優しく声をかけた。
「その調子じゃあ、スパム以外の缶詰は長らく食べていないんでしょう。どうですか、今日は僕の奢りってことで」
「そんな、後輩にたかるほど困ってないわ、私……」
「先輩は気にしないでください。僕が食べてもらいたいんです。聞いたことないですか? いなばのタイカレーって、すごく美味しいんですよ」
 僕は内心笑いをこらえ切れなかった。懐は大分痛んだが、毎日スパムばかり送りつけた甲斐があったというものだ。まだ見ぬ先輩の元カレに思いを馳せる。バカな奴だよ。

       

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