Neetel Inside ニートノベル
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 給食の配膳の時にはたびたび戦争が発生するけど、いざ食べ始める時間になれば争いは止み、学校には平和が訪れる。俺の耳にも平和の象徴たる『お昼の放送』が聞こえてきた。
『全校の皆さん、こんにちは。お昼の放送の時間になりました。今日の献立は……』
 あどけない子供の声。何度も放送を経験しているのだろう、たどたどしさはないが、それでも素人臭さの塊に粉をまぶしたような声だ。暴力の象徴たる俺のいる壁一枚隔てた向こう側では、いつもと何ら代わり映えのしない日常が送られているのだ。それを思うと笑みが溢れそうになる。
 おっと、余計なことを考えている場合ではない。早く潜伏ポイントまで行かなくては。予定では10分後には標的が部屋に戻ることになっていた。それまでに部屋に潜伏し、着実に依頼を全う出来る態勢を用意しておかなければならない。俺は音を立てないように慎重に移動を再開した。
 それにしても、不思議なものだ。これまで様々な依頼をこなしてきたが、まさか学校に、しかも母校に潜入することになるとは思わなかった。外から見れば何の変哲もない一介の公立小学校の校長にどんな恨みがあるのやら。お蔭でこうして土地勘のある場所で仕事が出来るのだから文句はないが。
『続いてのコーナーは、今日のマジックです。今日はハンドパワーの……』
 俺は校長室へ侵入しようとする手を思わず手を止めた。マジック? マジックってあのトランプとか鳩とか出てくるアレか? あれを校内放送で中継するのか? どうやって? まさか俺の知らない十数年の間に、校内放送は映像付きになったのだろうか?
 俺がこうして校長室への未知を行く間にも放送は続いている。ゲストとして招かれた教頭先生がどうやら持ち芸のマジックを披露しているようだ。放送部員の驚きの声や歓声と共に新聞紙がバサッと広がる音や、トランプを切る音が聞こえてくる。もしこれが、いわゆる『普通の校内放送』で音声だけ放送されていたとしたら……ヤバい。給食中の教室に流れる音声だけのマジック。絵面がシュール過ぎる。正直見てみたい。
 落ち着け、今は極秘任務の最中だ。不用意に人前に姿を晒すような真似は……そう思っていても足が勝手にフラフラと教室の方へ向かってしまう。ちょっとだけ、ちょっと覗くだけだから。誰にともなくそう言い訳しながらそろりとドアに手をかけた瞬間、背後から大声が飛んできた。
「かかったぞ! 取り抑えろ!」

       

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