Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

「お前なんか、産まれてこなければ良かったのに!」
 激しい女の怒鳴り声と、続いて鋭い平手打ちの音が貧民街に響き渡った。子供は頬を抱えて、母親と睨み合っている。この家では日常的な光景だ。
「失礼するぞ。今の怒鳴り声はここから聞こえたのであっているかな?」
 突然ドアが開くと呑気な声がして、外からドヤドヤと人が数人入ってきた。先頭に立つ男は貧民街に似合わぬ豪奢な身形をしている。母親はその顔に見覚えがあった。この近辺に住む大富豪だ。富豪は親子の様子を見て取ると、従者に向かって言った。
「ふむ、丁度いい。確かこないだ空きが出たところだったな?」
「左様にございます。まだ欠員は埋まっておりません」
 富豪は子供に近付くと、ひょいと抱えて脇の従者に渡した。
「ちょっと、突然何を……」
「この子供、儂が買おう」
「なんですって?」
「『買う』と言ったのだ。小間使いが一人入り用でな。要らぬのであろう? だったら儂が買っても何も問題はあるまい?」
「で、ですが」
「何? 惜しむか? あれほど怒鳴りつけ、叩き、疎外し続けていた存在を欲しているというのか?」
 富豪は心底疑問に思った様子で尋ねるが、母親は答えられない。富豪は軽く溜息をついた。
「自らが望んで手にしたものであれば、もっと大事にするべきではないのか? 少なくとも私はそうするぞ。人であれ物であれ、私の金で買ったものは全て私のものだ」
 母親はやはり黙っていて答えない。富豪が何か更に言おうとした時、従者が一人やってきて富豪に耳打ちした。
「何? ……なんと、そうか。それは補充せねばならんな」
 富豪はちらりと母親を振り返った。
「お前、仕事は?」
「……ありませんよ」
「ならばちょうど良い。お前を乳母に雇おうかと思ってな」
「え?」
「この小僧の相手をする乳母が足らんのだよ。使用人とはいえまだ子供。お前なら気心もしれておろうし、多少の扱い方に心得もあろう。勿論、暴力は厳禁して厳しく監視するがな」
「……いいのですか?」
 母親が青天の霹靂に目をぱちくりさせてながら聞くと、富豪はなんでもなさそうに言った。
「いいも何も都合の問題じゃ。いい乳母を探すのは骨が折れる。ならこちらで乳母から育てるしかあるまい?」
 うちで働くメイドには子育ての先輩が沢山おるから、分からんことがあったら聞くといいぞ。そういうと富豪は子供の手を引いてボロ家を出ていく。母親は慌ててその後を追った。

       

表紙
Tweet

Neetsha