Neetel Inside ニートノベル
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 貴重な有給を消費して登る山はやはり良い。まだまだ初心者なので本格的なところには行けないが、整備された登山道を登っていくだけでも結構な運動になるし、一つ一つの景色、感覚がまだまだ新鮮で、心身が研ぎ澄まされていく感覚がある。
「ふう……6割ぐらいは来たかな?」
 懐から地図を出して確認する。この山の山頂へは既に何度も登っているが、この登山道に来るのは初めてだった。多少なりとも慣れてきたこともあり『上級者向け』と書かれたコースに来てみたのだが、日頃の運動不足が祟りあっちこっちで転びそうになるわ水筒の水の減りが予想以上のペースで無くなりそうになるわで大変だった。
 幸い地図によればこの近くに川があるらしく、今はそれを探していた。そこで水を補給すれば山頂まで持つはずだ。疲れた身体で流れの急な川に近付くのは危険だが、観光ガイドによれば水を汲めるように溜池のような場所があるらしい。つくづく親切な山である。初心者向けという話も頷けるというものだ。
「ええと……ここか? ……ここだよな?」
 目的地に到着し辺りを見渡してみるが、目指す川が見つからない。これでも地図の通りに進んできたはずなのだが。地図の読み方を間違えたのだろうか。もう一度確認しようと地図を見た次の瞬間、不思議な音が聞こえてきた。
 最初は寺の鐘の音かと思った。このぐらい開けた山であれば寺が近くにあっても不思議ではない。しかしその音は鐘の音よりもずっと高音で何度も何度も連続して同じリズムで鳴っている。寺の坊主が叩くのではこの速度は出せまい。カンカンカンカンと断続的に鳴り響く様は、そう、まるで踏切の警報機……。
 コツン、と頭に何かが当たった。見てみると、黄色と黒の縞模様に塗られた長い竿のような棒が上から落ちてきている。いや、落ちているのではない。降りているのだ。触ってみると軽く硬質な、それでいてゴムのような弾力で指や手を押し返してくる。そう、まるで遮断機のような……。
 遠く右から地響きのような音が聞こえてきたかと思うと、地面が静かに揺れた。警報機の音が一段と高くなった気がした。音の方向へ顔を向けると、壁のような水が眼前に迫っていた。後ろっ飛びに飛んだ次の瞬間、さっきまで立っていた場所は激しい鉄砲水の通り道となっていた。地面に背中から激しく叩きつけられながら、私は顔に僅かにかかる水飛沫を感じていた。
 この山、開けすぎだろ……。

       

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