Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

隠れていた洞窟から出てくると、辺りは月もない夜のようだ。チグリスは血の具合を確認した。長いこと籠っていたから大分減っているし、今も空血感で倒れそうだ。しかし幸い、すぐに死ぬということはなさそうだ。注意すれば日の出ぐらいまでは動けるだろう。どうやらあのライパンは、食事を諦めて一度縄張りまで戻ったらしい。
ライパン退治は、村の成人の儀式の一環だ。村の子供が、自分と他者の身を守る力を持つ証として、一人で遠く村から離れ、村の脅威となるライパンを倒す。しかし昨日の討伐は失敗し、こうして追い回される羽目になったのだった。
近くの雑木林の中に手頃な樹を見つけたので、その根本に腰を下ろす。本当は開けた場所や見晴らしのいい小高い丘がよいのだが、この際贅沢は言っていられない。戻ったといっても縄張りはこの近くだ。エネルギー切れ寸前のこの状態で狩れるはずもないので、今はとにかく離れて、身の安全を確保する必要があった。日の出と共にこれに登り、ギリギリまで日光浴をする。それまで体力は温存だ。
突然、長く甲高い遠吠えが辺りに響き渡った。まずい、早すぎる。普段は夜には狩りをしないライパンだが、獲物が逃げようとしていることに気付いたのかもしれない。姿を見られる前に逃げきらなくては……そう考えているうちに、気がついたらチグリスは樹の上にいた。
下を見るとあのライパンがいる。完全に追いつめられた。奴らは樹を登れないが、こちらが降りるのを待っているのだ。
ライパンは凶暴だが、同時に狡猾で、非常にすばしっこい。膂力でも速度でも人間が勝つことは出来ないから、狩るなら奇襲による一撃離脱か、持久戦に持ち込んで疲弊を誘うかしかないが、今の状況ではどちらも不可能だ。この絶望的な状況に、チグリスは眩暈を起こしそうになった。
樹の上と下で睨み合いが続く。眩暈が酷くなった。この状況がエネルギーを消費しているのだとチグリスが気付いた瞬間、眩暈が更に酷くなったかと想うと、チグリスの身体が宙を舞った。ああ、これで俺も終わりだ……そう思った次の瞬間、ゴシュ、という鈍い音と共に、地面より少し柔らかい何かにぶつかる感覚があった。何があったのか。チグリスが意識を手放す前に見たのは、血に塗れた白い毛皮だった。
朝日が昇る。照らし出されたのは、猛獣の死体を敷いて気を失っている、一人の若者の姿であった。

       

表紙
Tweet

Neetsha