Neetel Inside ニートノベル
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「勝負は8小節2ターンの三本勝負、2本先取した方の勝ちとなります。ただし……」
 進行役の声がほとんど耳に入らないぐらい俺は集中していた。MCバトルは始まるまでが勝負というのが俺の持論だ。確かに即興バトルとしての側面も大きいが、それ以上に事前の周到な準備こそが勝敗を分ける。こと、一部即興のライミングだけで天才的なネタを産み出せるような超一流の面々を別にすれば、俺たち一般人のMCにとってはバトル当日までの余念のない情報収集やトレンドへの嗅覚をバトルにぶつけるための最終調整は欠かせない。相手の経歴、人柄、見た目、そして会場のオーディエンスの傾向や反応から、その日一番にブチかませるライムや相手へのアンサーの為のネタを用意しておく。
 対戦相手のモンスターは余裕の表情で薄く笑いながらこちらを眺めている。もう5年近く無敗で挑戦者の前に立ちはだかる門番だ。普通の人間に出来る芸当じゃない。恐らく普通じゃないのだろう。正攻法で挑むだけでは駄目かもしれない。だが俺は他にやり方を知らないのだ。全力で先制パンチをブチかます。それしかないのだ。気合いで負けたら終わりである。力を込めて見返す。ここでも勝負はやはり始まっているのだ。
「チャレンジャー、先攻後攻どちらを選びますか?」
「……先攻で」
「OK! それでは先攻チャレンジャー娥蝶、後攻モンスターIKARIYA、DJ CHY、かませー!」
 進行役の号令と共に軽快なリズムのビートが流れ始める。早速一発目からブチかまそうと息を吸い込んだ次の瞬間、モンスターの目が不気味に赤く光った気がした。
(よう、中々気合い入ってるな)
 頭の中に突然モンスターの声が響いて俺は動揺した。目の前の奴は何も喋ってない。だというのに、頭の中に響く声は軽く含み笑いをするとこう続けた。
(もうこれを続けて5年になるが、こうも皆が皆同じ反応だとちょっとつまんねえよな。ま、面白くなくはないが)
(何が……どういう……テレパシー!?)
(フフフ、お前は知らないみたいだが、MCバトルではこういう能力にも長けてないとトップは務まんねえぞ)
 モンスターの目が一段と赤く光り始めた。
(悪いが少し眠っててもらおうか)
 その言葉を最後に俺は意識を失った。
 目が覚めた時、俺は敗退していた。見ていた身内からは、「あれほど無様なラップをするお前を見たことがない」と言われたが、あれは俺じゃない。俺じゃないんだ。

       

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