Neetel Inside ニートノベル
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「ただいまー」
 玄関のドアを開いて中に声を掛けたが、いつもはすぐに返ってくる返事が中々返って来ない。自動車はガレージに入っていたし、玄関に鍵もかかっていなかったからいると思うのだが。聞こえなかったのだろうか?
「ただいまー?」
 もう一度、今度は少しボリュームを上げて、家の中全体に声が響くようにして言ってみる。ガタン、と奥から物凄い音がしたかと思うと、続いてドタドタドタっと凄い足音と共に奥のドアが開いて妻が飛び出して来た。いつになく乱れた服に、目が煌々と光って見える。
「あんた……よく無事で……」
「無事? 今日はなんもなかったけど」
 最後まで言う前に身体に衝撃が走り、思わず言葉がつまる。少しして、それが妻が抱きついてきたせいだと気付いた。
「おいおい、どうしたんだいきなり……」
 慌てて妻を引き離そうとするが、妻の力はびっくりするほど強かった。よく見れば妻の顔は涙でボロボロ、髪もバラバラだ。メイクもロクにしていないし、真っ赤に腫れた目からするとずっと泣きはらしていたのだろうか。今朝出た時は普通にしてたし、今日は友人と会う約束をしてたと言ってたはずなんだがな。
「とりあえず落ち着け。俺は健康そのものだぞ? お前の方こそ何かあったんじゃないか?」
 努めて声を抑えてそう問うと、妻はようやく身体を離した。そのまま手を顔に添えると、グイと引き寄せられた。
「ホントに? 病気とか怪我とかしてなかった? ご飯とかちゃんと食べてた?」
 一体何を言っているのだ。昼御飯の話でもしているのか? 普段は飯の心配なんてしてもくれないのに。妻は矢継ぎ早に質問を重ねてくる。
「ずっとどこに居たの? 何してたの? 連絡もしないで! 本当に心配したんだよ!!」
「どこって……今朝会社に行くって言ったし、帰りも遅くなるって言った通りなんだが」
 どこかに心配されるいわれがあったのだろうか。それにしたってこれはいくらなんでも異常だ。まるで俺が数年間行方不明だったみたいではないか。
「ああでも良かった。何はともあれ今日はお祝い……そうだ! 貴方の分のご飯用意しなきゃね。お赤飯買ってくるわ」
「あ、おい!」
 妻はバタバタと玄関を出ていった。俺はその背中をただ呆然と見送った。
「俺、小豆嫌いなんだけど……」
 その呟きもまた、届かなかったに違いない。

       

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